2014年6月16日月曜日

日本の天皇が竜女の子である一つの解答 「中国の妖怪」 中野美恵子 著 (岩波新書 1983年)


 中野氏は妖怪は幽霊と違って人や場所や時を選ばずに出てくるという。「妖怪」などというものがどうして存在したのか?と中野氏は問いを投げかけるのだ。私の関心で言えば、変化身や竜女が日本の天皇の母親であったということはどういうことなのかとこのことをだいぶ前に知ってから気にし続けていた。中野氏はこの日本の天皇のことには本書では一言も触れられてはいないとしても、「高祖(劉邦)が龍の子である」(196頁)という話しを竜のイコノグラフィを使って意味を追求している。

漢の諸皇帝の王権維持にも「龍」が政治的文化意志として深く関係し、「人面獣身」の下部の二文字の「獣身」が「霊獣」=「龍」である必要があったのだという指摘は非常にすばらしいと思った。

存在する「蛇」が存在しない「龍」という妖怪の魑魅魍魎(ちみもうりょう)の姿をとって再生したその裏には王権の再編成という文化的取り込みの要請が意図されていたという。「中国の妖怪」での話しでは、母親が龍と交わって高祖(劉邦)が生まれた(35頁、104頁、196頁)わけだ。日本の天皇の系譜だが、つまり天神・地神そして人王の始めは、最後の地神第5代の彦波瀲武大鸕鷥草茸不合尊(ひこなぎさたけうのはふきあえずのみこと)であるがこの神は第四代ひこほの子で、母は竜女であるという(「日蓮大聖人御書」 平成新編 大石寺版 1296頁)。ここでは竜は女で竜女である。

中国の龍と西方(洋)のドラゴンをともに合成動物(99頁 、160頁) として書いている。西欧でのグリフォンが多神教的な世界観から出たものかギリシャ・ローマとゴロワの架空の混生動物なのかは私は詳しくわからないが、なぜそのような存在もしてない姿の魑魅魍魎を作り出したのかを問うことは非常に面白く、ヨーロッパの文化史の中でも最も興味深いテーマのひとつであると思われる。

本書の特徴だと思うのは、やはりその学の形成が垣間見られる書き方をしていてそこが本書の別な魅力になっている。中野氏流にいって平たくいえば、より単純に物事の本質を追求していく姿勢ということである。随所にそのことが示されている。(頁は、8、16、21,25、32、34、48、64、191、200、など)

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