(パリ=飛田正夫 日本時間;11/03/2017-17:02:18)私が中学生の頃でしたかアメリカの経済学者ボールディングが日本に来て大変な騒ぎだったのを覚えています。テレビでも何回か講演が写されていた。彼の「宇宙船地球号」の警告と主張はイメージ的に公害汚染の環境破壊を抱えた日本にはよくわかりやすかったし、その後の日本での影響は各方面に大きかったと思います。世界でも同様に特に核や環境汚染問題で現代の世界環境合意「コード21」の可決などに影響を与えてきていると思います。ただ彼がクェカー教徒だとはその当時から言われていましたが、宗教経済学者との名前は無かったしその関係も論じられなかったのだと思います。しかしその宗教と2011年3月11日の福島原発事故との関係は私には非常に興味があるものです。なぜ日本が福島原発事故のような取り返しのつかないことを起こしてしまったのか、それが地球全体の将来を「宇宙船地球号」として予告しているからです。これを宗教との関係で、いま読み解く必要があるはずです。このボールディングの考えに非常に共感した人に池田大作がいるのです。彼の仏教観にも近いものであったのでしょう。池田大作は創価学会ですが、世界平和に関する思想では日蓮大聖人の考え方とは正反対であったのです。むしろ念仏・法然の思想に近かったのです。つまり世界の静謐を収めようとすることを全面的に立てるところにボールディングの地球運命共同体の思想が池田大作と一致するわけです。ですから宗教者としての法然先生とも繋がっているわけです。宗教者としてのボールディング、宗教者としての池田、法然はこの世界平和論の立ち位置で繋がっているのです。
2017年3月11日土曜日
2017年2月15日水曜日
仏の警察は 若者では一般の7倍超を 身元尋問検査
(パリ=飛田正夫 日本時間;15/02/2017-15:31:25)人権擁護団体の調査でアラブ人や黒人の青年の80%が最近の5年間に尋問検査に会っているという調査結果が発表されている。パリ近郊のオルネー・スー・ボワ(Aulnay-sous-Bois)で2月3日に4人の警察官が黒人青年のテオ君を路上尋問して暴行した上に尻に10センチほどこん棒を入れて強姦した事件で、フランス中の移民たちがこれに抗議して暴動化した事件も起きている。ルモンド紙の2月14日によるとこの種の統計は少ないのだという。人種差別を表現することになるからだが、ルモンド紙は人権擁護団体の5117人を対象にしたこの珍しい最新の調査を発表している。
ニュース、フランス、ヨーロッパ、社会、宗教、移民、難民、不平等、人権、
【宗教・国家・民族】,
パリ,
移民・難民,
宗教
2017年1月21日土曜日
米が餓鬼道・紅蓮地獄に堕す前に トロンプには真実の法華経を与えるべき事
(パリ=飛田正夫 日本時間;21/01/2017-17:35:03)トランプのアメリカ大統領就任演説を聞いて、私は「米大統領就任演説 餓鬼界のトロンプとアメリカをどう救済するか」と思ったわけですが、何故「餓鬼界」なのか?そしてこの「餓鬼界」を救うとはどうすることなのかを少し考えてみた。地獄・餓鬼・畜生というのは仏法では「三悪道」の事である。人を愛(いつく)しみ他者への慈愛の行動を惜しまない人界・天界、或いは声聞界や菩薩界とは到底程遠い低い自己中心的なエゴの渦巻く生命状態なのであって、この三悪道では人間の貪(むさぼり)、瞋(いかり)、癡(おろかさ)が支配する大六天の魔王の所領する世界なのです。この貪・瞋・癡(どん・じん・ち)の三毒の煩悩に侵されると財や富がいくらあっても飽くことをしらなくなるのです。答えを先に短く言うと、餓えたアメリカに本当に与えなければならない筈の「大王膳」を出し惜しみして創価学会が隠してしまって、別の池田大作仏の信仰にすり替えてしまった為に、アメリカの地獄・餓鬼・畜生という「三悪道」は火に油を注ぐが如く燃え上がったということです。
2017年1月19日木曜日
イタリアを見舞う大地震と大雪の不思議に国民が疑問
(パリ=飛田正夫 日本時間;19/01/2017-01:49:10) 1月18日朝方にマグニチュード5,3と5、7の地震がイタリアの中央部であった。ローマではメトロや学校が封鎖されているが、人的な被害は無かった。今回は最初のものは10時25分に起こりマグニチュードは5,3と欧州・地中海地震センター(CSEM)が観測。これは長く続き11時14分には5、7になっている。11時25分にはマグニチュード5,5の別の地震が起きた。これらの強度の地震はローマでも明快に感じられた。場所はイタリア中央部のピィティニャーノ (Pitignano) とモンテレアーレ(Montereale) との間で、昨年8月24日にはローマ近くの山岳地帯で1980年以来最大のマグニチュード6,0を記録し300人近くの死亡者を出した「アキラ」(Aquila)の村からは20キロほど北部にある。この地方は10月30日にも地震に見舞われていて精神的なショックを受けていた。
2017年1月11日水曜日
宮田教授の釈迦仏法への転換論が 創価学会にテロや殺害を認めさせる
8日にエルサレムで起きたトラック襲撃ではイスラエル兵士らがガイドに連れられ市内観光でバスから降りたところを突撃された。若い女性3人と男性1人が死亡し15人が負傷した。犯行は子供4人を持つ28歳のパレスチナ人だと報道された。そしてこの犯行の知らせを聞いたガザの人々が殺害を喜んでいる映像が写されている。人間を殺すことを喜びとする人々がいることが思想的低さを現わしている。この点では、仏教は思想的にはキリスト教やイスラム教とは同じではないだろう。しかし最近の創価学会の一部(宮田幸一 創価大学教授の「日本宗教学会第74回学術大会」)では、創価仏教はこれら世界宗教と同じだとする考えがあるらしい。ここでの創価学会の釈迦本仏論への同一視の中で人間軽視が行われる可能性が高い。そうなれば、日本の創価学会などの仏教徒が平気で安倍と一緒になって人殺しができる日が来るだろう。
ニュース、フランス、ヨーロッパ、社会、宗教、移民、難民、不平等、人権、
【宗教・国家・民族】,
idée,
思想,
宗教
2016年12月30日金曜日
新年のはじめを祝うとは「法華経」をもてなす心の事
(パリ=飛田正夫 日本時間30/12/2016;14:25:仏時間30日06:25)日蓮大聖人の「御書」(平成新編1551頁)に「十字(むしもち)御書」というのがある。新年の初めにこの御書を拝読するのが年の始まりの行事のようになって久しい。その冒頭に「十字一百まい・かしひとこ給び了んぬ。正月の一日のはじめ、としのはじめ、月の始め、としのはじめ、春のはじめ。此をもてなす人は月の西より東をさしてみつるがごとく、日の東より西へわたりてあきらかなるがごとく、とくもまさりひとにもあいされ候なり。」とあり、ここで「此を」と言われていることは長い間、私は「元三の志し元日にも超え」などと言われることから、これは正月はじめのことであると思っていたのです。そういう意味も確かにあるだろう。しかしここでの「此をもてなす人」の意味は「法華経をくようしまいらせんと」する人の心のことであると思ったのである。この「はじめ」とは、本因妙の「法華経」のことであって、結果良ければすべてよしとする年末を祝うキリスト教の祭りや外道や偽仏教の教えには無いことだということである。本因とは因果でいう所の原因を大切にする下種仏法のことでもある。そいういう意味がこの「十字(むしもち)御書」にはあるのだと拝したい。したがって「今日本国の法華経をかたきとして、わざわいを千里の外よりまねき出だせり。此れをもってをもうに、今又法華経を信ずる人はさいわいを万里の外よりあつむべし。影は体より生ずるもの、法華経をかたきとする人の国は、体にかげのそうがごとくわざわい来るべし。法華経を信ずる人はせんだんにかをばしさのそなえたるがごとし。又々申し候べし。」(1552頁)とあり、外からわざわいを集める国があるというのである。
ニュース、フランス、ヨーロッパ、社会、宗教、移民、難民、不平等、人権、
【宗教・国家・民族】,
ドイツ,
国際紛争,
宗教
2016年12月25日日曜日
「隣人愛」を超えて 貧女が一子を「慈愛」する事とは
今日のクリスマスを前にどういうわけかフェースブックでの流れから、「隣人愛」について少し考えることになった。私などに隣人愛は難しい目標のように考えさせられていきてる。キリスト教の「隣人愛」との関連もあってなのでしょうか。自分が隣にいる他の人を愛するということは、一番身近な家族とか兄弟、両親や配偶者を愛せるかという問いでもあります。フランスに長年住む私の場合ですと、「隣人」を距離的なものとして考えると、それは肉親ではなくてまさに他人を愛せるかという問題になります。ここに親子の血の繋がりと、それが直接にないもう一つの「隣人」への愛の問題があると思います。
ジェリコーというロマン主義のフランスの画家が描いた「メデュース号の筏」(1819年)という大変に有名な大きな絵がルーブル美術館にあります。実際に在ったセネガルへ向かう海上で起きた仏艦船メデュースの遭難事故(1816年7月)の史実を基にして描かれていて、筏の上には149人が漂流していて、そこには食料は無かったのですがワインの酒樽が多数乗っていた。その為に酩酊し吐き気を催すような無秩序な惨事が起きたと言われています。絵の前景左に何処かで見たことのあるような赤い頭巾をかぶった年老いた人物が、若い青年を左膝に抱いて右腕を顔に持たせて考えている様な姿が描かれている。これはジャンバプティスト・カルポーの「ウゴランとその子孫」で昔しに彼の生まれたバレンシアンの博物館で見た彫塑の老人ではなかったのか。このジェリコーの絵の老人の前には多くの死体が横たわっている。餓えと苦しみの中に人食があったらしいのです。
オルセー美術館の一階ホールの真ん中にジャンバプティスト・カルポーの「ウゴランと子孫」の作品が置かれている。人食をテーマにした大きなブロンズ像で、よく見ると親が子供を食べている。カルポーはイタリアのフィレンツェに旅をしていて、ダンテの「地獄」で語られたウゴランの話しをテーマにしたという。これは13世紀のピサで政敵の大司教ルジエラ・ウバルディニに訴えられてゲスランディの塔に子供や孫までが幽閉されてしまった。そこの飢餓の為にウゴランは子供の薦めもあって、これを受け入れた自分が死ぬ前に人食したというのである。
ジェリコーの「メデュース号の筏」の絵では人食をしているのかは良くはわからないのですが、カルポーがジュリコーのこの作品を見ていたとすれば、これは理解できることなのです。私はそう思っているのです。
同じ人食でも、カルポーのウゴランでは親子の血の繋がりがあるのです。この問題は私の頭のなかでは直ぐに、ローマにあるミケランジェロのピエタの聖母子像(1500年頃)と、仏典にある「貧女が一子を抱いて大河を渡り途中で母子共に溺死してしまう」話しとの違いを思い浮かべてしまうのです。
キリスト教では、キリストは神の子だと言ってもそこにマリアとキリストとの人間的な性的関係を認めない。しかし聖母との間にはキリストは人間の子どもとしてマリアの胎内から生まれたわけで人的血縁関係があるわけです。
仏典の「貧女が大河を渡る」話しでは、ここでは只一つだけ言えば、貧女は産後間もない一子を抱いて急な流れの大河を命をかけて渡るのです。この一子の母ではあるが父親はいなかったのではないかと思われる表現があるからです。それはこの母親の素性と関係していて、だから「貧女」と呼ばれるわけですが本当は子のない女性が本当の貧女だという事も言えるのです。が、今回はこれは指摘だけに留めておきます。
さて貧女ですが、定まった家もなく流浪の旅に暮らしていて絶えず虻蜂毒虫に刺されて苦しんでいたわけです。ある所で宿屋の主人に子供を孕んだことが知られてそこを追い出され一人産をするのです。行く先を求め大河の畔までくるのです。ここで彼女は産後間もない一子と共にこの河を渡って別の国へ行こうと決意し、泳ぎはじめ力尽きて一子と共に溺れ死んでしまったのです。
聖母キリストの場合には、キリストは聖母の子としての存在なわけですが、貧女の子供の場合には素性の判らない一子なのです。
ミケランジェロのピエタ像の彫刻は、磔刑に掛かって死んだキリストの亡骸を抱き悲しむ母親の姿(ピエタ像)なわけです。母親は子の十字架に掛かるのを手をこまねいて傍観していたわけです。それで後に子の死を泣き悲しんだ像というわけです。
「貧女」の方は一子と共に溺れ死んでしまう。子を手放して自分だけで泳げば泳ぎ切れたのでしょうが、それを貧女はしなかったのです。最後まで子どもを手放さずにいたので、力尽きて共に死んでしまうのです。その一子を捨てなかった慈愛の深さによって、仏典では貧女は、母子共々に天に生ずることができたと日蓮大聖人はその著作の中で話されているのです。日蓮大聖人はこの「一子」とは生命の尊厳のことで「南無妙法蓮華」のことだと言われていたかと記憶しています。
私が「隣人愛」で思うのは、ひょっとして不実な愛で生まれた子供でも、女性が捨てずして他人への愛を超えて真実の慈愛を持つことが出来るということを示された御文ではないかと感動しそこに女性への尊厳を感じるからです。
ピエタの方は自分の子供を見殺しにして子を捨てた母親の悲しみなのだと思います。ですから「隣人愛」をキリスト教的にみると、母親の盲目の悲しみとそれを導いた愛を認めてしまうことになるのです。そこに救いがないわけで、女性を運命に随う力ないものとして蔑視して見ていることにもなってしまうのだと考えるのです。これらの先に女性の成仏の有無が予告されているのを感じるのです。
宗教から人間をみるとわからなくなりますが、人間から宗教を見るとそこにキリスト教のような人間観の蔑視があったことがわかるのです。仏典でも小乗や大乗の誤った理解では女性は成仏しないことが説かれている。女性は男性と差別されているのです。やはりそこのところは現代の女性解放という中では同様な限界があると思っています。理由はそういった宗教には人間の苦しみや悩みを解決する力がないということです。それで私は「愛」と「慈愛」と分けて考えてみているのです。ヨーロッパのキリスト教を基にした芸術・文化とはその前者の「愛」をテーマにしたもので、「慈愛」の女性・或いは母親は語られてないと思っています。(日本時間 25/12/2016)
ジェリコーというロマン主義のフランスの画家が描いた「メデュース号の筏」(1819年)という大変に有名な大きな絵がルーブル美術館にあります。実際に在ったセネガルへ向かう海上で起きた仏艦船メデュースの遭難事故(1816年7月)の史実を基にして描かれていて、筏の上には149人が漂流していて、そこには食料は無かったのですがワインの酒樽が多数乗っていた。その為に酩酊し吐き気を催すような無秩序な惨事が起きたと言われています。絵の前景左に何処かで見たことのあるような赤い頭巾をかぶった年老いた人物が、若い青年を左膝に抱いて右腕を顔に持たせて考えている様な姿が描かれている。これはジャンバプティスト・カルポーの「ウゴランとその子孫」で昔しに彼の生まれたバレンシアンの博物館で見た彫塑の老人ではなかったのか。このジェリコーの絵の老人の前には多くの死体が横たわっている。餓えと苦しみの中に人食があったらしいのです。
オルセー美術館の一階ホールの真ん中にジャンバプティスト・カルポーの「ウゴランと子孫」の作品が置かれている。人食をテーマにした大きなブロンズ像で、よく見ると親が子供を食べている。カルポーはイタリアのフィレンツェに旅をしていて、ダンテの「地獄」で語られたウゴランの話しをテーマにしたという。これは13世紀のピサで政敵の大司教ルジエラ・ウバルディニに訴えられてゲスランディの塔に子供や孫までが幽閉されてしまった。そこの飢餓の為にウゴランは子供の薦めもあって、これを受け入れた自分が死ぬ前に人食したというのである。
ジェリコーの「メデュース号の筏」の絵では人食をしているのかは良くはわからないのですが、カルポーがジュリコーのこの作品を見ていたとすれば、これは理解できることなのです。私はそう思っているのです。
同じ人食でも、カルポーのウゴランでは親子の血の繋がりがあるのです。この問題は私の頭のなかでは直ぐに、ローマにあるミケランジェロのピエタの聖母子像(1500年頃)と、仏典にある「貧女が一子を抱いて大河を渡り途中で母子共に溺死してしまう」話しとの違いを思い浮かべてしまうのです。
キリスト教では、キリストは神の子だと言ってもそこにマリアとキリストとの人間的な性的関係を認めない。しかし聖母との間にはキリストは人間の子どもとしてマリアの胎内から生まれたわけで人的血縁関係があるわけです。
仏典の「貧女が大河を渡る」話しでは、ここでは只一つだけ言えば、貧女は産後間もない一子を抱いて急な流れの大河を命をかけて渡るのです。この一子の母ではあるが父親はいなかったのではないかと思われる表現があるからです。それはこの母親の素性と関係していて、だから「貧女」と呼ばれるわけですが本当は子のない女性が本当の貧女だという事も言えるのです。が、今回はこれは指摘だけに留めておきます。
さて貧女ですが、定まった家もなく流浪の旅に暮らしていて絶えず虻蜂毒虫に刺されて苦しんでいたわけです。ある所で宿屋の主人に子供を孕んだことが知られてそこを追い出され一人産をするのです。行く先を求め大河の畔までくるのです。ここで彼女は産後間もない一子と共にこの河を渡って別の国へ行こうと決意し、泳ぎはじめ力尽きて一子と共に溺れ死んでしまったのです。
聖母キリストの場合には、キリストは聖母の子としての存在なわけですが、貧女の子供の場合には素性の判らない一子なのです。
ミケランジェロのピエタ像の彫刻は、磔刑に掛かって死んだキリストの亡骸を抱き悲しむ母親の姿(ピエタ像)なわけです。母親は子の十字架に掛かるのを手をこまねいて傍観していたわけです。それで後に子の死を泣き悲しんだ像というわけです。
「貧女」の方は一子と共に溺れ死んでしまう。子を手放して自分だけで泳げば泳ぎ切れたのでしょうが、それを貧女はしなかったのです。最後まで子どもを手放さずにいたので、力尽きて共に死んでしまうのです。その一子を捨てなかった慈愛の深さによって、仏典では貧女は、母子共々に天に生ずることができたと日蓮大聖人はその著作の中で話されているのです。日蓮大聖人はこの「一子」とは生命の尊厳のことで「南無妙法蓮華」のことだと言われていたかと記憶しています。
私が「隣人愛」で思うのは、ひょっとして不実な愛で生まれた子供でも、女性が捨てずして他人への愛を超えて真実の慈愛を持つことが出来るということを示された御文ではないかと感動しそこに女性への尊厳を感じるからです。
ピエタの方は自分の子供を見殺しにして子を捨てた母親の悲しみなのだと思います。ですから「隣人愛」をキリスト教的にみると、母親の盲目の悲しみとそれを導いた愛を認めてしまうことになるのです。そこに救いがないわけで、女性を運命に随う力ないものとして蔑視して見ていることにもなってしまうのだと考えるのです。これらの先に女性の成仏の有無が予告されているのを感じるのです。
宗教から人間をみるとわからなくなりますが、人間から宗教を見るとそこにキリスト教のような人間観の蔑視があったことがわかるのです。仏典でも小乗や大乗の誤った理解では女性は成仏しないことが説かれている。女性は男性と差別されているのです。やはりそこのところは現代の女性解放という中では同様な限界があると思っています。理由はそういった宗教には人間の苦しみや悩みを解決する力がないということです。それで私は「愛」と「慈愛」と分けて考えてみているのです。ヨーロッパのキリスト教を基にした芸術・文化とはその前者の「愛」をテーマにしたもので、「慈愛」の女性・或いは母親は語られてないと思っています。(日本時間 25/12/2016)
ニュース、フランス、ヨーロッパ、社会、宗教、移民、難民、不平等、人権、
【イタリア】,
【宗教・国家・民族】,
宗教
2016年12月18日日曜日
宮沢賢治の「永訣の朝」日蓮大聖人の「法華経」から読む
「永訣の朝」何十年かぶりかに読み返しました。これを初めて読んだのは中学生か、高校生のころだと思う。今読んでも新鮮でそこに「法華経」を日蓮大聖人の御遺文を通して拝していた宮沢賢治の思想が垣間見られる思いだ。妹のトシが臨終を前にして、「雨雪を取って来てくれるように」賢治に頼んだ言葉だが、今読み返しても、この「けんじゃ」はひらがなで書いてあるので、岩手地方の方言での願いを表現する語法だったのかもしれないが、たとえそうであっても、そこにそれとは別に、「けんじゃ」は「賢治」と重なっているとも考えられなくもない。これは私の考えだが、今回読み返してみて、この詩には隠れた言葉の意味があちらこちらに埋まっているのを見るからです。ここでは宮沢賢治の「永訣の朝」の詩に限って、いくつか簡単に指摘する。この詩にでて来る「兜率天」だが、これは賢治の妹トシの事を意味していると考えるべきです。そうしないと何で「兜率天」が突然に出て来るのか全く理解がいかず戸惑ってしまうのです。
ニュース、フランス、ヨーロッパ、社会、宗教、移民、難民、不平等、人権、
【宗教・国家・民族】,
思想,
宗教
2016年11月26日土曜日
パリは12月1日に再度の同時多発テロが計画されていた
(パリ=飛田正夫 日本時間;26/11/2016-15:37:41)24日昼にフランソワ・モラン(François Molins)仏共和国検事が記者会見した。マルセイユとストラスブルグで先週末に5人のモロッコ人フランス人、アフガニスタン人が検挙されたが、彼等はシリア・イラク地区からの遠隔操作(テレギデ)で動いていた。パリ圏での特にデズニーランドとパリ警視庁、内務省管轄の情報機関仏国内治安総局(DGSI)、パリのシャンゼリゼ大通りのマルシェ・ド・ノエルと呼ばれるクリスマス屋台市場、パリ20区のバーやメトロの駅、多くの宗教施設などを狙った同時多発テロを、12月1日に実行する計画をしていたことが発表された。これが未然に発覚されテロが防止されたといっている。家宅捜査では自動小銃やプストル、多くの弾薬が発見されている。フランスは現在は最高度のテロの脅威に晒されている状態だとも話している。
ニュース、フランス、ヨーロッパ、社会、宗教、移民、難民、不平等、人権、
【宗教・国家・民族】,
テロ・三面記事,
宗教
2016年11月22日火曜日
「創価学会・公明党」=「自民党」の関係で一言
「世界」に投稿されていたものが縁となって岩波から『創価学会・公明党の研究――自公連立政権の内在論理』中野潤著が 出版されたみたいですね。ジャーナリストだという事らしいです。確かに創価学会・公明党のことは言いつくされている観もします。「創価学会・公明党」=「自民党」というのも論理内在的な繋がりがあるのです。それは政治権力と宗教論理という関係で、多くの人がというよりも創価学会の池田大作が誤って日蓮大聖人の「立正安国論」の中で展開された客人の思想(念仏法然)を読み取り違えて、日蓮大聖人の思想なのだと、つまり天下泰平・世界平和の方策を執るのが日蓮大聖人の「立正安国論」での主張であったのだと書いてしまったのです。
ニュース、フランス、ヨーロッパ、社会、宗教、移民、難民、不平等、人権、
【宗教・国家・民族】,
idée,
思想,
宗教
2014年5月17日土曜日
インドのナショナリスト党モーディ氏を クーリエ・インターナショナル紙の研究員が語る
インドのナレンドラ・モーディ氏のBJPナショナリスト党はインド議会の圧倒的過半数の383議席の内の283議席を16日に単独獲得した。インドの独立を担ったマハトマ・ガンジーとネルーの国民会議は50席も獲得できずに負けた。ナレンドラ・モーディ氏は政治家の経験が少なく勝利は同氏の個人的人気だと見られている。ここで紹介するのはクーリエ・インターナショナル紙のアジア頁の責任者イングリッド・テロワス研究家やニュデリー在のジャーナリストのセバスチャン・ファルシ氏などの分析だ。
ニュース、フランス、ヨーロッパ、社会、宗教、移民、難民、不平等、人権、
【フランス語を学ぶ】,
【メディア】,
【宗教・国家・民族】,
インド,
モーディ
2014年5月12日月曜日
オランド仏大統領はウクライナ東部の国民投票の無効を宣言
12日アゼルバイジャンの首都バクーを訪問したオランド仏大統領は、11日にウクライナ東部での親ロシア・分離派が独立を組織して行なった国民投票について語った。それは投票者リストもなく投票箱もない無効なものであった。オランド大統領は自分の意見はとして、5月25日に予定されているウクライナの大統領を選出する選挙が、すべてのウクライナ人の大統領を決めるものであり、その大統領の選出から唯一正当なウクライナでのすべての審議が可能となる。それ以前のものは無効であるとオランダ大統領は宣言した。
ニュース、フランス、ヨーロッパ、社会、宗教、移民、難民、不平等、人権、
【フランス語を学ぶ】,
【宗教・国家・民族】,
アゼルバイジャン,
ウクライナ,
オランド,
親ロシア,
分離派
ロシア政府はウクライナ東部の分離派による国民投票結果の実施を宣言
ロシア政府は、ウクライナ東部の親ロシア派のドネスクとロガンスク地方の住民の表現の自由を尊厳すると、ウクライナ東部地区でウクライナ独立派による11日に行なわれた国民投票の結果を実施すべきだとしている。それは市民的にかつどんな暴力も無くウクライナ政府の代表とドネスクとロガンスクの代表が話し合って行なわれるとロシアは宣言した。
ニュース、フランス、ヨーロッパ、社会、宗教、移民、難民、不平等、人権、
【宗教・国家・民族】,
ウクライナ,
クリミア半島,
ドネスク,
ロシア
2014年5月8日木曜日
集団的自衛権をやると集団的テロが起こる 安倍首相も山口代表もこの点を忘失
集団的自衛権をやると集団的テロが起こる。それは集団が日本次元のことであり、韓国や中国との間に防衛の意識を高め溝をほるからである。その他は言うまでも無いが、安倍首相でも山口代表でもこの一点を見失って亡失している。集団的自衛権の主張というのは、隣国から攻められる理由を自ら好んで準備しているようなもので、これで戦争が起こることになるのである。この戦争のことを集団的自衛権による集団的テロ防止の戦いなどと欧米にならって呼ぶようにならないことを望みたい。
2014年4月23日水曜日
仏人旅行者がマリで死亡 「フランスは敵」アフリカの聖戦主義者の犯行声明
ムジャオ(le Mujao)と呼ばれる西アフリカに於ける連帯と聖戦主義運動の民兵組織は22日フランス通信(AFP)にフランス人捕虜ジルベルト・ロドリゲス・レアル氏(62歳)の死亡を電話で伝えてきた。聖戦主義者たちはロドリゲス・レアル氏の死亡状況など一切なにも語っていない。死亡は「フランスが我々の敵であるからだ」「アラーの神の名において、彼は死んだ」とだけ簡単な理由を伝えている。
ニュース、フランス、ヨーロッパ、社会、宗教、移民、難民、不平等、人権、
【宗教・国家・民族】,
アルカイダ,
聖戦主義者
2013年11月11日月曜日
青年は罠にかかり射殺、「旅の人々」の証言と仏警察側と見解不一致
「旅の人々」は真実を求めている。彼らは仲間が警察に兎を射殺されるように撃ち殺されたことに不満なのだ。18日、怒って抗議した旅の人々はフランスのロワール川の中流のブロワ城に近いサンテニャン市の交番やパン屋などを襲って樹木を切り倒し3台の車を焼き払った。警察側の見解では、16日の夜から17日にかけて警察の車は、逃走する「旅の人々」の二人の青年を追っていた。検問で別の2人の警官の停止命令で青年たちの車は一度停止した。車が再度動き出し警察をボンネットの上に弾き飛ばしたので、警察が発砲し旅の人々の一人ルイジィ・ドゥケネ(22歳)の後頭部に弾丸が命中し即死したというものだ。(本文の初出 / 公開日時: 2010年7月23日 @ 23:17 )
旅の人々が同市を襲撃したのはその復讐なのだと考えられていた。ところが、ルイジィ・ドゥケネ氏のいとこの証言によると、「罠にかかったのであり、これはイノシシ狩りとよばれるもので、撃たれる前に狩り出されたのだ」といっている。また、「警察の検問はなかった。警察にいきなり射撃された」といっていて、警察側の証言と大分不一致が多く食い違っている。車を運転していた 同氏は、「もし車を止めたかったのなら運転手を撃つべきで、助手席の者を撃つようなことはしないだろう。そうではないか?」と、リベラション紙に発言している。
「旅の人々」といわれている人たちは、この事件では一部のラジオ・ニュースでは当初は「旅の人々」と呼んでいたが、途中で「ジタン」と呼び、直ぐに「旅の人々」と呼びなおした。95%はフランス人であるという。「旅の人々」という呼称は一般的には差別用語でジタン、ツィガン、ロマンなどと呼ばれる東ヨーロッパ系のノマードを含むものだ。多くは定職を持たたない職人などでフランスだけでなくヨーロッパ中を旅していて、町の周辺部にキャラバンを停車し集まって暮らしている。今回、水道やトイレの施設がある高速の休息所などの不法占拠をした場合、テントなどをすべて撤廃するとサルコジ大統領は宣言した。
サルコジ大統領が今月28日に大統領官邸エリゼ宮殿で予定したとするこの種の住民の諸問題を協議する宣言に対し、人権団体連盟(LDH)ではこれは「旅の人々」やジタンに烙印(スティグマ)を押すことで、フランス社会の諸問題を贖罪の山羊(スケープゴート)として、彼等の一身に背負わせようとすることだと述べ注意を喚起している。
烙印(スティグマ)化とかスケープゴートというのはこの場合は、もともとの論じられえるべき問題から目をそらせるためのメデア上での戦略のことをさしている。ある問題を過小視させるために興味をひきそうな事件を巨大視させて報道する体制メディアによる手法である。現在のフランス政府の最大の関心もここにあると見る。
ロレアル社長、大富豪のリリアン・ベッタンクールさんからサルコジ大統領への2007年の仏大統領選挙戦への違法贈与疑惑は高まっている。しかし民族的な差別問題などフランス人が深い関心のある事件を拡大視して大統領が取り扱うことに疑問をもっているわけだ。
現在のフランスでの最重要問題を隠すことにもなる。ベッタンクール疑惑はサルコジ大統領へも及ぶからである。これまで外堀で守ってきたのが諸大臣であったが、その一角は崩れ落ちて最近2人の大臣が辞職した。現在は内堀のエリック・ブルト労働相がベッタンクールさんから黒い金を受け取っていたかが問題になっている。ベッタンクールさん自身の会社ロレアルの脱税問題もあるがこれも問題の序列からすると主題ではない変奏の部類である。
LDHは、サルコジ氏が「旅の人々」の民族性をこのように利用しようとする協議は、彼等を犯罪人扱いしているようで、共和国の法律に照らしてすべきではないと訴えた。
旅の人々が同市を襲撃したのはその復讐なのだと考えられていた。ところが、ルイジィ・ドゥケネ氏のいとこの証言によると、「罠にかかったのであり、これはイノシシ狩りとよばれるもので、撃たれる前に狩り出されたのだ」といっている。また、「警察の検問はなかった。警察にいきなり射撃された」といっていて、警察側の証言と大分不一致が多く食い違っている。車を運転していた 同氏は、「もし車を止めたかったのなら運転手を撃つべきで、助手席の者を撃つようなことはしないだろう。そうではないか?」と、リベラション紙に発言している。
「旅の人々」といわれている人たちは、この事件では一部のラジオ・ニュースでは当初は「旅の人々」と呼んでいたが、途中で「ジタン」と呼び、直ぐに「旅の人々」と呼びなおした。95%はフランス人であるという。「旅の人々」という呼称は一般的には差別用語でジタン、ツィガン、ロマンなどと呼ばれる東ヨーロッパ系のノマードを含むものだ。多くは定職を持たたない職人などでフランスだけでなくヨーロッパ中を旅していて、町の周辺部にキャラバンを停車し集まって暮らしている。今回、水道やトイレの施設がある高速の休息所などの不法占拠をした場合、テントなどをすべて撤廃するとサルコジ大統領は宣言した。
サルコジ大統領が今月28日に大統領官邸エリゼ宮殿で予定したとするこの種の住民の諸問題を協議する宣言に対し、人権団体連盟(LDH)ではこれは「旅の人々」やジタンに烙印(スティグマ)を押すことで、フランス社会の諸問題を贖罪の山羊(スケープゴート)として、彼等の一身に背負わせようとすることだと述べ注意を喚起している。
烙印(スティグマ)化とかスケープゴートというのはこの場合は、もともとの論じられえるべき問題から目をそらせるためのメデア上での戦略のことをさしている。ある問題を過小視させるために興味をひきそうな事件を巨大視させて報道する体制メディアによる手法である。現在のフランス政府の最大の関心もここにあると見る。
ロレアル社長、大富豪のリリアン・ベッタンクールさんからサルコジ大統領への2007年の仏大統領選挙戦への違法贈与疑惑は高まっている。しかし民族的な差別問題などフランス人が深い関心のある事件を拡大視して大統領が取り扱うことに疑問をもっているわけだ。
現在のフランスでの最重要問題を隠すことにもなる。ベッタンクール疑惑はサルコジ大統領へも及ぶからである。これまで外堀で守ってきたのが諸大臣であったが、その一角は崩れ落ちて最近2人の大臣が辞職した。現在は内堀のエリック・ブルト労働相がベッタンクールさんから黒い金を受け取っていたかが問題になっている。ベッタンクールさん自身の会社ロレアルの脱税問題もあるがこれも問題の序列からすると主題ではない変奏の部類である。
LDHは、サルコジ氏が「旅の人々」の民族性をこのように利用しようとする協議は、彼等を犯罪人扱いしているようで、共和国の法律に照らしてすべきではないと訴えた。
【関連記事】
フランスで「旅の人々」の青年が、警察に射殺、波紋広がる
ニュース、フランス、ヨーロッパ、社会、宗教、移民、難民、不平等、人権、
【メディア】,
【ロマ人】,
【宗教・国家・民族】,
人種差別,
旅の人々
2012年4月5日木曜日
福島原発事故の思想的遠因を探る:12トンの放射能汚染水漏れで
ニュース、フランス、ヨーロッパ、社会、宗教、移民、難民、不平等、人権、
【宗教・国家・民族】,
【宗教・国家】,
★事件のメモ,
思想,
宗教・国家,
福島と原発・放射能汚染
2012年4月4日水曜日
社会学者が仏内相のイスラム説教師イマム排斥にコメント これはトゥールーズ・メラ事件の煙幕と
社会学者でサラフィストの専門家であるサミール・アムガァー氏は、2日に発表されたクロード・ゲアン仏内相(前エリゼ大統領官邸書記総監)によるイスラム過激主義と目される3人のイマムの排斥というのは、大統領選挙のために、トゥールーズとモントーバンでの連続殺害事件でフランス情報局の失策を忘れさせるためのものであったのではないかと見ている。10日、左派系知識人を多く読者に持つリベラション紙fr.が報道している。
2012年4月2日月曜日
トゥールーズ連続テロ殺害事件 仏特殊警察の「操作」「片付け」をアルジェリア人弁護士が告訴
フランス南西部地方で起きた3月中旬のモントーバン・トゥールーズ連続テロ殺害事件で計7人の犯行者となったアルジェリア人青年モハメッド・メラ(32歳)は、フランス警察のエリート部隊である特殊警察の32時間に渡る長期介入の末にトゥールーズの自宅で殺害された。が、これを同青年の父親は、「片付けられた」として仏裁判所を訴えていることが1日に明らかにされた。近く弁護士がフランスを訪問する。
2012年3月14日水曜日
登録:
投稿 (Atom)