- マント・ラ・ジョリ市のあるセーヌ左岸、少年が溺死した付近。岸から二メートルぐらいまでは底が見える。水面は船舶が通らなければ静かだ。マント・ラ・ジョリの上流3キロほどと下流5キロほどに水門があって堰き止められて運河になっているためだ。(写真撮影/筆者2010/08)
7日から8日にかけての深夜にフランスのベルサイユ西方50キロほどのセーヌ川左岸の町マント・ラ・ジョリで15歳の少年が警察の追跡でセーヌ川に身を投げ溺死するという事件があった。少年は警察に逮捕されることよりも投身自殺することを選択したことがショキングな事件となった。
少年の両親はバカンスでモロッコに旅行中で留守中に車を使って15キロほど上流の町ミュローの自宅から2人の仲間とマント・ラ・ジョリにやってきた。巡回の警察が消灯して走っている少年の車を停止させようとしたが、逃走を企てた。
セーヌ川付近のカテドラルの前のカーブでコントロールを失い小さな樹木に車は衝突した。車は止まり15歳の運転をしていた少年は80メートルほどを走り、セーヌ川に飛び込んだ。少年は泳ぎを知らなかったために溺れ死んだという。追跡してきた警察は少年に対し岸に戻るよう呼びかけたという。しかし、強い流れのために警察はどうすることもできず、少年は間もなく水面から姿を消したという。警察側には何の過失もないという。消防隊が少年を見つけ水から引き上げたのは二時間も後になってからだった。
現場に立つとセーヌの水面は殆ど流れは認められなかった。これは土地の人の説明では、このマント・ラ・ジョリ付近には水門がいくつもあって、セーヌは川ではなくて運河になっている。つまり鏡のような静かな水面をなしていて、船舶はいくつもの水門で階段状に昇降してパリの近郊とルアーブルの河口とを結んでいるのだと説明してくれた。そうでなければ大きな貨物船がセーヌ川の早い流れを遡航するのは困難だということである。
アルジェリアから帰ったばかりだという55歳の男性はここは湿度が高いので風をひいてしまったのだと説明しながら。少年の車が樹木に衝突したという現場を案内してくれた。自分にも17歳と23歳の子供がいるが、子供が小さければ一人残してバカンスに出るようなことはしない。親にも責任があるというのである。鍵を付けたままドアを閉めてしまい、一人でいた子供が家に入れずにベルサイユの鍵屋を呼んだ。開けてもらったが、途方もない料金を請求されたというのだ。まったく酷い目にあったと語った。
またこの男性は、「自分は新聞の報道は信じられない」と語る。「岸から少年に戻るように呼んだというが、これは警察側の発表でしかない。事実はわからない」というのであった。「少年がもしアメリカ人であればこうはならなかったのではないか」といった。つまり、「アラブ人であるから今のような事件が存在する」のではないかと語った。これは人種差別を国家がやっているという指摘でもある。
少年は無免許であったが車を盗んだわけではない。警察の追跡で逮捕されるのを恐れて、少年はセーヌ川への投身自殺を選択した。この選択が非常に問題である。
少年には警察が死の恐怖と同じほどかそれ以上の脅威に感じられたのであろう。市民の安全を守る警察という親近感は少なくともこの少年には存在していない。敵意さえ感じられたのであろう。それが彼が溺死を選ばなければならなかった理由であるとしたら、この少年だけでなくすべてのフランスに住む国民全員にとっても不幸な社会の帰結であろう。このことは、一人の少年の死を他人事にするのでなく、全世界の人々が正視すべき民主主義と人種差別の重大な切実な事件なのである。なぜならばそれはフランスで起ったからである。
サルコジ大統領が移民を差別扱いしたグルノーブル宣言後、フランス国内に住むルーマニアやブルガリアなど東欧諸国(EU加盟国)からのロマンやジタンという「旅の人々」(フランス国籍を持つものも多)の排斥がすでに、15日間で40箇所もの人々の住居キャンプが取り払いが執行された。これは、外国人を親に持つ者の警察などの国家権力の代行者に対する犯罪はフランス国籍を剥奪するとサルコジ大統領が7月30日にグルノーブルで宣言したことによるものだ。(本文の初出 /公開日時: 2010年8月18日 @ 1:02 )
これに対し国連や人権団体からはフランスが人権のモデル国家ではないとする批判が寄せられている。フランス人を分離するサルコジ大統領の支持率回復のための馬鹿げた行為だとの意見も出ている。またサルコジ大統領が内政の生き詰まりから移民やジタンをフランスの不運と諸悪の根源として贖罪の山羊に祭り上げるスケープゴートを計っているとの見方もある。