2014年12月18日木曜日

パリ万国博の建造物が語る「移民」の先祖は「奴隷」であった

(写真撮影は筆者)
12月18日、雨が降っていたが、パリ東部のヴァンセンヌ近くの海洋博物館に行ってきた。夕刻だったので15日にフランソワ・オランド仏大統領が開館式を行った「国際植民地パリ万国博覧会」が開催された1931年のこの建造物内部にある「移民資料館」には入れなかった。後日行く予定だ。フランスは旧植民地の巨大な富を略奪してきたことがわかる「移民資料館」というのは「植民地資料館」ということで移民の先祖は奴隷であったのである。だからサルコジなどはこれを隠し見せまいとするわけだ。ここに来てみてそれが明快になる。つまり、「移民」というのは「植民地の人」ということで、移民の先祖は奴隷であったのである。


(写真撮影は筆者)
(写真撮影は筆者)

ミシシッピィに住むワニで、危険。(写真撮影は筆者)

地下にある海洋博物館の珍しい魚。(写真撮影は筆者)

19世紀の遭難者が残した記録で石に書き付けたもの。
(写真撮影は筆者)

(写真撮影は筆者)


(写真撮影は筆者)

アジアの人々もフランスの植民地になっていた。
(写真撮影は筆者)




落花生とかコーヒーとかの文字が見える
(写真撮影は筆者)
アジア人のゴム採集作業。(写真撮影は筆者)
(写真撮影は筆者)
捕鯨に使ったらしい。大砲 (写真撮影は筆者)
(写真撮影は筆者)