このことで、仏教の法華経による女人成仏の教えにより、天皇家の救済論が説かれるわけです。仏教の一分としての救済の機能的役割を引き受けるわけです。
それが天照大神であり八幡大菩薩だという見方です。天皇家もそういう体系の中に組み入れらていて、本来はこれらの神々は祈る対象ではなかったのです。しかし後の日本人が誤ってこれらを祈っているために、彼等自身も居心地が悪くなって、仏法的機能神としての自らの請願を忘失することを恐れたわけです。
それで祠を捨てて天上に帰ってしまった。それが今の日本ということで、神社や祠は残っているがそこはもぬけの殻であって、そこに悪魔が住み込んでいる。国を保護する神は留守なのです。これを神天上の法門と日蓮大聖人は言われている。これが大問題なわけなのです。