2014年11月9日日曜日

サルコジ裁判を急ぐよう拍車進言 フィヨン元首相が仏大統領エリゼ官邸総書記官に

8日のルモンド紙は、フィヨン元首相が大統領官邸エリゼ宮殿総書記官のジャン・ピエール・ジョワイエ氏と2012年6月に会見した時に、フィヨンはサルコジ裁判に拍車をかけることを進言したと書いている。そうでないとサルコジが帰ってくることになると話した。これはルモンド紙のジャーナリストのダベ氏とロム氏にフィヨン元首相が語ったことである。しかしフランソワ・オランド大統領はこれを気にもかけないでいる。
フィヨンは11月末の2007年の仏大統領選挙の予選となる国民運動連合(UMP)党内予選選挙プリメールに出馬するのでサルコジとは対抗候補になる。もしフィヨン元首相の言葉を真に受ければ、オランド大統領は行政の司法への介入になって問題になる。フィヨンにはフランス人を糾合する力はないので、フィヨンのこの言葉はサルコジの片棒を担いでいると見たほうがよいのかもしれない。いずれにせよサルコジは2012年の仏大統領選挙運動での二重帳簿による選挙運動許容額を超えた自分の選挙運動資金の超過を支持母体の国民運動連合(UMP)党に支払わせていて、それでも足らないと言って同党員ニサルコトンなる募金を募らせていた。ところが金は十分にあり余っていて二重帳簿で誤魔化されていた。このことで欺かれた党員たちは脱党し数が少なくなっている。したがって党に残ったのは当面はこうしたサルコジを支持する者がほとんどであって支持率は驚くほど高いがその数といえばあまりいないのである。金の行方も不明なまま失踪状態の党になっている。

サルコジはサルコジに親しい2人の裁判官ジルベール・アジベールとパトリック・サソースとに語らって、最高裁でのベッタンクール事件の動きを調べさせて情報を得ていた。その見返りに老後の天下りとしてモナコ国の新議員を望んでいたアジベール判事に推薦の一押しをしてやることをサルコジとその弁護士チェリー・ヘルゾグは携帯電話で約束していた。その携帯電話はヘルゾグがモナコでサルコジの偽名を使って買い求めたものであった。この携帯での相談が別件で合法的に盗聴していた警察の網に引っかかった。そのためにサルコジらは「国家機密情報侵害」と「権力関与」による「公共資金汚職」で起訴となっている。

そのほかにもパキスタンにアゴスタ潜水艦(90B)とサウジアラビア(Arabie saoudite)にフリガート艦船(Sawari I)を販売した時のコミッション(当時は合法)の還流コミッション(当時も今も違法)が仲介役からフランスのバラデュー首相側へ帰ってきた。これが政敵バラデユーの仏大統領選挙資金になると見たシラクが資金の流れをストップさせたことでパキスタン側が起こって報復テロを企てたと見る事件。これでフランス造船局員が建造中のカラチのヒルトンホテルからの朝の出勤バスに横付けされたカローラ車に仕掛けられたニトロ爆弾が爆発して10人ほどが死亡した。

コミッションはフランス国家の税金であり還流コミッションは犯罪になる。サルコジはこのときに財務長官としてこの契約に調印していて無関係ではないことがわかっている。仲介役の武器商人のジアッド・タケイジィン(Ziad Takieddine)は起訴された。

その他にも世界的に有名なスポーツ用品のアディダス社長で実業家で大臣も務めたベルナール・タピはリヨネ銀行との係争でタピに都合のよいように公的裁判を回避して私設裁判に持ち込むことに力を貸したとされる今の国際通貨基金(IMF)総裁のクリスティーヌ・ラガルドとその官房長官をしていたステファン・リシャーなどが参考人として裁判で調べられている。

この2007年秋の私設裁判はリヨネ銀行負債裁判でアディダス社長タピに賠償金4億ユーロ(約520億円)を決めた。この裁判を行った元ベルサイユ高等裁判所総長ピエール・エストゥップはタピとの交渉があって返礼の言葉が寄贈したタピの本の裏表紙にしたためられていたのが家宅捜査で見つかっている。このような巨額の大金が動く私設裁判を当時の経済相であったクリスティーヌ・ラガルドは一人で決めることはできなかったであろう。サルコジ前大統領に相談したと見られている。