これは、やはり人間の心の奥にこのテロに応ずる反応形式が、誰でもに平等に保存されているように思えます。ですから、これはシリアに聖戦主義者の訓練に行かない日本人であってもまた他の国の人でもいいのですが、急激に激化してテロリストになるといことです。テロリストになるためには、人間があちこち渡り歩いてくるのではないということです。
一念三千というのも十界の生命というのも、誰もが等しく持っている人間の生命現象だからです。だれもがテロリストになるそういう恐ろしい生命を伏在というか潜在的には持っているということです。これは簡単に出て来る可能性があるのです。どうしてかというとキリスト教もイスラム教も神道も、そしてニセ仏教の創価学会や仏教をたぶらかしているダライラマでも、テロの本質である生命の殺害を徹底的に封鎖できる術を持ってないからです。ですから人間のいるところすべてテロが起きるのです。
これを停止させるには、テロの心を、殺害の心を、剥ぎ取り捨てさせ殺害して葬り去るのではなくして、鎮め、伏させ、冥伏させる力が必要だからです。これは人間の生命が十界・一念三千の生命の全体であるということが基本の認識にないと、どうしても悪は退けて殺害しても良いのだという思想になるわけです。今のテロリストと反テロの戦争がこの姿なのです。
キリスト教もイスラム教も神道も、創価学会やチベット教等もこれを鎮め解決する力にはならないのはそのためなのです。むしろこれらの誤ったニセ信仰を崇拝し祭り続けていることで、テロが起こっているということです。このテロには、イスラム聖戦主義者などのやっているテロよりももっと恐ろしい規模の大量虐殺が控えているというのです。そういう世界戦争を起こさせるテロや虐殺を許す心が、世界の総ての人々の、つまり我々の心に存在しているということです。
一つ付け加えますと、その内なる悪を阻止すれば解決するだろうとしたのが、現実の生を全部抹殺しようとしているイスラム主義者サラフィストの思想なのです。或いは内なる悪を除去する方法として取られた方策が、「灰身滅智」という自殺です。これも何とばかばかしいことでしょう。