2017年5月28日日曜日

ローマ教皇 百年前にマリアを見た子供の2人を聖人に 他の1人はローマ教会が嫌悪

13日、ローマ教皇フランシスコはポルトガル中部のノートルダム・ド・ロゼールのファチマ聖堂で、100年前の1917年の5月から10月の間にマリアを6回見たと言う3人の羊飼いの子供の内の2人だけを聖人に列した。マリアを見た子供の名前はフランシスコ・マルト(9歳)とその妹のジャシンタ (7歳)、従姉妹のルチア(10歳)の3人だ。その内の2人マルトとジャシンタだけが聖人になった。フランシスコ・マルトは(1919年)に、その妹ジャシンタは (1920年)に死んだ。従姉妹のルチアは2006年(97歳)まで生きた。ルチアはファチマ聖堂から離れカルメリア信徒になってマリアから託されたという預言的な3つの秘話を様々な解釈で卑近な例も取り混ぜて語り継いだのが、ローマ教会からは嫌悪され彼女の話しはジャンポール2世の時には教会に封じ込めらたと言われている。キリスト教自体が超自然的なもので、キリストの生涯と同じく説明不可な不治の病の治癒とかを奇跡として信徒を魅了してきている。キリスト教は超自然現象から起こる集団的な強制幻覚や奇跡を信じる宗教の一つであって、現代ではキリスト教内部でも司教らの見解は異なっている。しかし教会にとってこれが大事なのは、2人が聖別され1人がそうでなかったのは、教会への信仰と権威と信用を喪失させないで高潮させたかどうかの点にあるようだ。(パリ=飛田正夫)(投稿日本時間平成29年5月14日 ;16:18)

この聖堂には聖人に列された2人の子供の墓がある。ローマ教皇はこの2人は、キリスト教の歴史の中で最年少の聖人で、殉教で死んだ者達ではないと話した。儀式には約50万人のカトリック信徒が集まった。この儀式にはスペインやポーランド、チリ、フランス、南アなどからも集まってきていたと報道している。
教皇は我々の住んでいる世界がまだ戦争で破壊されて続けているとして、羊の血が流されていることを髣髴させて話していたという。しかしこれが暗にイスラム国家テロリスト組織(IS)だけでなく狂信的キリスト教思想によるものであるとは話さなかった。
ポルトガル1千万人の内の89%がカトリック信徒であり、教皇がアルジェンチン出身であることと関係があるようでエクスプレス紙やラジオRCIなど多くがこれを書いている。
南西新聞はこの二人は第一次世界大戦の反キリスト教政府の中で人里離れた村の文字を読めない子供たちだった。この子供たちに毎月13日に6回に渡ってマリアが現れたが、統治機関からは公共の秩序の攪乱者だと見られて牢獄に入っていたが人々の抗議で開放されたと書いている。