2017年10月8日日曜日

サルコジが「アフリカの大統領を暗殺」 カダフィ暗殺を国際刑事裁判所に訴えアフリカ集会

(パリ=飛田正夫)7日、アフリカのマリ共和国の首都バマコにはアフリカ諸国から15ほどの市民団体が集会した。これは、サルコジ前仏大統領のリビア介入が、リビアのカダフィ大佐の2011年の暗殺を引き起こしたとして、オランダのハーグ国際刑事裁判所(ICC-CPI)にサルコジを訴える為の、市民側の告訴組織形成が目的だ。市民団体はアフリカの人権と民主主義の尊厳を擁護したいと考えている。集会に参加したギニアの代表は「我々がどうしてカダフィ暗殺のことで、ニコラ・サルコジを訴えるのか、それはこれが原因でアフリカ大陸とアフリカ人民に残忍で悲劇的な結末をもたらしてしまったからである」と述べている。この事件はサルコジが2007年の大統領選挙でカダフィからの資金援助があって、これが暴露されるのを嫌ってカダフィは殺害されたのであって、アフリカの大統領が暗殺されたのだと強調して言っている。インターネット新聞の「メディアパー」(Mediapart)によると現在この事件は大幅に進行していてカダフィ大佐の二人の重要人物が国際刑事裁判所で自供しているらしく、サルコジに大統領選挙資金として500万ユーロ(約6億5000万円)が提供されたらしい。武器商人でサルコジ仲間のタケイジンもリビアとサルコジとの仲介手数料として2006年に200万ユーロ(約2億6000万円)をリビアから受け取っていた。(日本時間‎08/‎10/‎2017;17:40)(仏時間 ‎08/‎10/‎2017;)



別のカダフィ側近の(ICC-CPI)での証言では、サルコジに送金されたのは5000万ユーロ(約65億円)でその内の2000万ユーロ(約26億円)が現金で、3000万ユーロ(約39億円)は銀行振り込みだったという。この証人は2007年にサルコボーイの一人だったボリス・ボアロン(Boris Boillon)元チュニジア大使とサルコジ最側近の元エリゼ大統領官邸総書記官で内相になったクロード・ゲアン(Claude Guéant)に現金が渡されていると答えていると「メディアパー」では言っている。ボアロンとゲアンの二人は、サルコジの前婦人セシリアがカダフィの所に人質になっていた5人のブルガリアの看護婦たちとイスラエルの医者1人とを2007年暮れに電撃解放した裏の仕掛け人としても知られている。この時に保釈金としてカダフィ側に、フランスが一人当たり100万ユーロ(約1億3000万円)を欧州審議会に肩代わりして、緊急立て替えをしたことになっている。

この資金の受け渡し証拠書類としてカダフィの金庫番が署名した「ムサカ文書」なるものが「メディアパー」が暴露して掲載していた。サルコジは独裁者カダフィの国際的な悪評を引き上げようとして2007年12月7日には、カダフィを仏大統領官邸エリゼ宮殿に「国賓待遇」で招待してベルサイユ宮殿を長靴で訪問させ、フォンテンブローの森では彼の好きな狩猟をさせている。

しかしアラブの春が起こってからはフランスがアフリカの民主化を支援しなかったことが批判されてきていて、サルコジはその汚名を挽回するためにフランスの哲学者ベルナール・アンリー・レヴィー(BHL)と二人でこのリビア空爆を企画し先導したと言われている。その後のリビア経由のアフリカ難民の地中海を渡る悲劇は誰もが承知の昨今の事実であるが、何故リビアなのかと言えば、カダフィが殺害されてからはこの国はのインフラは仏英などの連合軍の空爆で壊滅され尽くされて、政府もなく警察の取り締まりもできない無法地帯となってしまっていたからだ。難民を商売にするパッスーと呼ばれる渡し屋が蔓延していった。危険な小舟に定員を超えたすし詰め状態で食料もなく彼等はこの小舟に乗せられて地中海を命をかけて渡ったのである。多くの悲劇がおきたのであった。


武器商人でサルコジ仲間のタケイジンもリビアとサルコジとの仲介手数料として2006年に200万ユーロ(約2億6000万円)をリビアから受け取っていた。

別のカダフィ側近の(ICC-CPI)での証言では、サルコジに送金されたのは5000万ユーロ(約65億円)でその内の2000万ユーロ(約26億円)が現金で、3000万ユーロ(約39億円)は銀行振り込みだったという。この証人は2007年にサルコボーイの一人だったボリス・ボアロン(Boris Boillon)元チュニジア大使とサルコジ最側近の元エリゼ大統領官邸総書記官で内相になったクロード・ゲアン(Claude Guéant)に現金が渡されていると答えていると「メディアパー」では言っている。ボアロンとゲアンの二人は、サルコジの前婦人セシリアがカダフィの所に人質になっていた5人のブルガリアの看護婦たちとイスラエルの医者1人とを2007年暮れに電撃解放した裏の仕掛け人としても知られている。この時に保釈金としてカダフィ側に、フランスが一人当たり100万ユーロ(約1億3000万円)を欧州審議会に肩代わりして、緊急立て替えをしたことになっている。

この資金の受け渡し証拠書類としてカダフィの金庫番が署名した「ムサカ文書」なるものが「メディアパー」が暴露して掲載していた。サルコジは独裁者カダフィの国際的な悪評を引き上げようとして2007年12月7日には、カダフィを仏大統領官邸エリゼ宮殿に「国賓待遇」で招待してベルサイユ宮殿を長靴で訪問させ、フォンテンブローの森では彼の好きな狩猟をさせている。

しかしアラブの春が起こってからはフランスがアフリカの民主化を支援しなかったことが批判されてきていて、サルコジはその汚名を挽回するためにフランスの哲学者ベルナール・アンリー・レヴィー(BHL)と二人でこのリビア空爆を企画し先導したと言われている。その後のリビア経由のアフリカ難民の地中海を渡る悲劇は誰もが承知の昨今の事実であるが、何故リビアなのかと言えば、カダフィが殺害されてからはこの国はのインフラは仏英などの連合軍の空爆で壊滅され尽くされて、政府もなく警察の取り締まりもできない無法地帯となってしまっていたからだ。難民を商売にするパッスーと呼ばれる渡し屋が蔓延していった。危険な小舟に定員を超えたすし詰め状態で食料もなく彼等はこの小舟に乗せられて地中海を命をかけて渡ったのである。多くの悲劇がおきたのであった。

【参考記事】
http://www.rfi.fr/afrique/20171008-fispa-front-citoyen-societe-civile-africaine-plainte-sarkozy-cpi
https://www.mediapart.fr/journal/international/071116/sarkozy-kadhafi-revelations-sur-le-circuit-des-millions-de-la-corruption?onglet=full
http://www.lepoint.fr/societe/kadhafi-sarkozy-le-mysterieux-circuit-des-millions-libyens-08-11-2016-2081592_23.php