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2014年4月25日金曜日

ゴッホの死を巡る回想 オルセー美術館で

パリのオルセー美術館ではゴッホとアルトーの展示会を開催している。副題が社会的自殺というものだ。期間は3月11日から6月6日まで。しかしヴァンサン・ヴァン・ゴッホ(1853-1890)はヴァンサン・ヴァンオーベル・シュー・オワズで自殺をしたのではないとする最近の研究がある。40点以上のゴッホの作品を展示して演劇論家であったアントニン・アルトーによるゴッホの自殺分析に視点がおかれているという。1974年に自殺したアルトーの写真やデッサンを展示した回顧展でもある。この企画は既に1974年1月から3月にパリのオランジェリー美術館で開催されるゴッホ回顧展の数日前にピエール・ロエブギャラリーがアルトーが絵について書いている文章があるとほのめかしていたことにあった。



2013年4月21日日曜日

下がるは上がるため 仏大統領オランドの人気が下落

 19日にイホップ(Ifop)世論調査会社が日曜新聞(JDD).frのために調べたところでは、オランド仏大統領の人気が3月度比6%減って25%と最低線を記録している。同紙のタイトルは「終わりのない下落」となっている。74%のフランス人が大統領に不平を漏らしているというもの。同新聞はサルコジ前大統領と比較してみせ2011年4月には72%の不人気を記録しているといっている。人気というのは上がったり下がったりするものである。楽観的かもしれないが、「下がるは上がるため」なのであることを忘れてはならない。
 
 2012年オランド氏が仏大統領選挙で勝利したのは対候補のサルコジ氏をフランス国民が嫌ったからでサルコジ氏に大統領になってほしくなかった。他に誰もいなかったのでオランド氏がなったと分析しているのは左派系の週刊誌ヌーベル・オブセルバトワールのロラン・ジョフラン編集長だ。
 同世論調査ではジャン・マルク・アイロー内閣も人気が下がっている。人気のない原因は「総ての人々の結婚法案」やジェローム・カイザック仏財務大臣のサルコジ前大統領時代にスイスの銀行に隠し口座をもっていたことがインターネット新聞のメディアパー社に暴露されて国家的な問題になったことだとしている。
 これはオランド大統領が国内の失業や欧州を覆う不景気を問題視していないということではないだろう。経済の問題はその基部に政治家のモラルや国民の意識が関係しているという考えがあるからだ。教育や道徳がオランド政権で大きく取り扱われているのはそのためだろう。即物的に金銭的な結果を追っていてはサルコジ氏の時代とたいしてかわらないものになるであろう。現在のフランス社会の右傾化を阻止しながら現実的な失業問題や移民の問題を解決していかなけらばならない。
 調査は4月11日から19日にかけて1875人のフランス成人を対象に電話で調査したもの。
【参考記事】



2013年1月18日金曜日

ルーブル美術館の代表作(絵画)

●ナポレオンの戴冠式(ダヴィッド/1748-1825)。劇的で歴史的な英雄の物語を描き新古典からロマンティズム期の政治的プロパガンダの作品。ダビッドはナポレオンからパリのノートルダムでの1804年12月2日の仏皇帝就任の聖別式を王と異なる絵で発注をうけた。ルーブルの「ピ7世」など多くの肖像画で下準備をした。ナポレン自ら冠りを手に持って頭に載せようとしている。が、画家はナポレオンがジョゼフィンの頭上に冠を載せ、ピ7世は無力な聖職者として祝福に参加した構図にした。上段中央には欠席したナポレオンの母親ラエティチアが、上段右にはダビッド自身がノートを持って描かれている。

●モナリザ(レオナルド・ダ・ヴィンチ/1452-1519)。作品は1503年から1506年の頃に描かれる。絵の主人公は、イタリアのフィレンツェの登記人であるフランセスコ・デル・ジョコンドと結婚したモナ・リザでそこから「ジョコンド」とも呼ばれている。絵は仏王フランソワ1世が招聘した時にレオナルドがフランスに持ってきて、それを王が買った。レオナルドは明暗の中で振動する影が作る神秘性と調和の力を説明している。影は物体に生命を与えるもので、陰影の中で絶えずかたちは姿を変える。反射で光が変わり、影で神秘が囲まれ覆い隠されるというモデルの輪郭を微妙にぼかしだすスフマットの技法を発見した。

●カナの婚礼(ベロネーズ/1528-1588)ルーブルで一番大きな絵画で1563年に完成。ヨーロッパ中の王侯が集まって祝宴をしている場面で、仏のフランソワ1世や神聖ローマ帝国のシャルルカン、英国のマリー、トルコのソリーマンなどの顔ぶれが左側に描かれている。中央にはベネチア派の画家ティツィアーノ、ティントレット、ヴェロネーゼや建築家のパッラーディオが描かれている。絵はパッラーディオの建てたヴェニスのサン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂の食堂に飾られていた。ナポレオンの戦争で1797年にフランスが取得。特に濃い緑はベロネーズの緑と呼ばれているもの。暗部は黒や灰色が使われてない。

●いかさま師(ラトゥール/1593-1652)2世紀半も忘れられていたロレーヌ地方の画家。カラヴァージュ的明暗の手法で描くが、テーマと量感、光源などが簡略化されている。絵は目の動きや手の動きに心理的な意味を込めて劇的な不安感と緊張感をつくりだしている。

●レースを編む女(ベルメール/1632-1675)作品は晩年のもので1684年ごろだとされている。ルーブルに入ったのは1870年。画家は長い間無名で忘れられていた。光源は斜めからと絵の内側から来ている。ルノワールはこの絵を世界で最もきれいな絵だとヴァットーの代表作「キャテラ島の巡礼」と共に評価している。

●自画像(デュラー/1471-1528)画家・版画家。彼は北ヨーロッパで初の自画像でイタリアルネッサンスをドイツにもたらせた。画家がベネチア派の絵を学ぶのは1494年から1495年の旅だ。絵は故郷ニュルンベルグに帰る直前の1493年の作品でゴチック的色彩がまだ強い。絵では右手に持つアザミは婚約の節操を約し、またキリストの苦しみの意味がある。

●ガブリエル・デストレとその姉妹の肖像。16世紀末。絵はパリの南のフォンテンブロー城で仕事をした第二次フォンテンブロー派の作品。前景に描かれた二人の女性はブルボン王朝の開祖アンリー4世の愛人ガブリエル・デストレ(金髪)とその姉妹ビラル公爵夫人。フランソワ1世時代の第一次フォンテンブロー派にはイタリアルネサンスを仏に移入させたロッソやプリマティスやデルバータの芸術家がいた。この手法でアンリー4世時代の第二次フォンテンブロー派のドブルィーユやデュボア、フレミネなど仏人芸術家が女性の裸体を神話的・寓話的に描いた。この絵では将来のヴァンドーム公爵の誕生を寓意させている。

●宰相ロランの聖母(ヴァン・ダイク)絵はブルゴーニュ公国ピィリップ・ル・ボンの宮廷の最重要人物ロラン(1376-1462)大法官がオータンの教会のために描かせたもの。マリアの膝の上の子供のキリストはひざまずいたロランに対し祝福をしているというもの。窓の外には天のエデンの園が見え、ロランの頭上には罪びと達が表現され、マリアの頭上には裁判の冠が描かれている。



2013年1月16日水曜日

ルーブル美術館の代表作(彫刻)

●アモルの接吻で蘇るプシュケ(カノヴァ/1757-1823)。18世紀末から19世紀で最も有名なイタリアの新古典の彫刻家。羽をもつ若者は非現実的な動きで飛んできたように表現され、透明なまでに磨かれた大理石はビラミッド型構成と光が織り成す陰影で優雅な曲線美を実現している。不思議なガラスの小瓶から発散する臭気で死の眠りの底に沈むプシュケをアモル(エロス、クピド)の接吻が救う。草案的モデルをコピー拡大した石膏像から大理石の作品を作成した。

●奴隷(ミケランジェロ/1475-1564)彫刻。作品はローマ教皇ジュール2世の墓を飾るために作成された。主題に関して論議があり、人間の魂が肉体の重さに繋がれている表現とも言われる。


●サモトラケのニケ。紀元前2世紀初期ヘレニズム時代。軍船の勝利への奉納品。風でなびく服のひだの強さが特徴。。大理石の立像と石灰石の台座と船の部分からなっている。ギリシャでは古代から勝利は羽のある女性で表現されていた。作品はエーゲ海を望むサモトラス島の丘の頂に置かれていた。


●ミロのヴィーナス。1820年にシクラデス諸島のミロ島で発見されたギリシャ神話の美の女神でローマのビーナスに当たる。彫刻は2つにわけで彫られていて腰の所で繋がっている。発見された当初から失われている腕の動きが問題にされていて、左腕は上がっていて、右腕は左腰に行っていたのではないかと推測されている。クラシック的な顔や動きのある身体とそれを隠す布ひだが美しく、作品は起源前1世紀頃のものとされている。

●マルリーの馬(コワズボーとクストー)彫刻。ベルサイユ宮殿近くのマルリーの御殿の馬の水のみ場に置くためにルイ14世が発注。コワズボーの作品が取り除かれた台座の上を飾るためにその20年後(1793年)にクストーが新作。これら2対の作品はシャンゼリゼ大通の入り口とその反対側のチュルリー公園入り口に置かれていた。現在は複製が置かれていてカルラの大理石の本物はルーブル美術館の外光を取り入れたマルリーの部屋にある。



2013年1月3日木曜日

オルセー美術館の代表作(絵画)

●クールベ(1819-1877)「画家のアトリエ」(1855)油画。レンブラントとベラスケスを師とするクールベはこの絵で彼を支持する人々(ランボーなど)を右側に反対派の人々(ナポレオンⅢ世など)を左側に描いた。中央のクールベの隣に立つ裸婦は真実を表している。
●マネ(1832-1883)「オリンピア」(1863)油画。チィチアンの「ウルビーノのヴィーナス」やアングル「グランド・オダリスク」の古典的テーマで描きパースペクティブと量感を捨象。モデルビクトリーヌ・ムーランの自然主義的な描写がスキャンダルとなった。「マネの総てがある大傑作」とゾラが擁護。
●メルシエ(1845-1916)「ダビッド」(1872)彫刻。柔らかい腺を実現させたこの作品で28歳にしてレジョンドヌール勲章を受けた。同時代の最良の彫刻家としてルネサンスを呼吸しながら古典の息吹きを現代性の中に再解釈させてみせた。
●ミレ(1814-1875)「晩鐘」(1859)油絵。19世紀農民の生活を深く理解し直接にクールベのリアリズムに影響を与えている。前景に描かれた女性は受胎告知の天使の姿勢そのもので中景は簡略化。遠景に描かれたバルビゾン近くのシャイリー村の教会からは夕暮れ時を刻む鐘楼の音が響いている。
●モネ(1840-1926)「草上の昼食」(1866)油絵。若い時の作品。絵の左はモネの尊敬するクールベ。右は4年後にモネの妻になるカミーユ・ドンシュー。背後に立つ男性は友人のバジール。題はマネの作品と同じだが、《アトリエの外》フォンテンブローの森で描かれた。
●トゥールーズ・ロートレック(1864-1901)「踊るジャン・アブリール」(1891)パステル。モンマルトルの多くのダンサーや娼婦を描き、題名は画家の好きなモデル。ドガの影響を強く受けた。
                              

● ゴッホ(1853-1890)「自画像」(1889頃)油絵。南仏サンレミーの精神病院を離れ理解者ドクター・ガッシェの住むオーベール・シュル・オワズで亡くなるまでの70日間に80枚以上を描いた。最晩年の作品で、ガッシェがルーブル美術館に1949年寄贈。代表作。
● ブガチィ(1855-1940)「イス」(1902)家具。1900年のパリ万博などで大成功を収めたイタリアの装飾家。エキゾチックな曲線のフォームと貴金属や真珠などを配し、皮やマホガニーの材料を使っての寄木細工や網目模様の透かし織りに特徴がある。
● ドニ(1870-1943)「セザンヌ賞賛」(1900)油絵。現代絵画の父と称されるセザンヌの絵を囲み右からルドン、ブィヤー、ボラール・ドニなどナビ派の新世代の象徴派の面々が描かれている。ボナール的日本趣味やイタリア旅行で発見したルネッサンス初期絵画の影響から、セザンヌの簡略化とやや古風な表現法をナビの指導原理に据えようと提示した絵。
● スーラ(1859-1891)「サーカス」。1891年の独立芸術家展出品作。スーラは点描画法が印象主義の絵よりも個人的感性を抑制したより客観的な色彩体系の理論が可能だと考えた。額(がく)を点描で描いたのもスーラの理論からすると周囲の色で絵の色が影響されてしまうと考えたからだ。
● ゴーギャン(1848-1905)「タヒチの女たち」(1891)油絵。産業文明を厭離しブルターニュ、アルル、タヒチに住んだ。土地の風景にひかれ原地人の原始的感性や呪術的価値をスタイル化した現代絵画を深く志向する色使いを実現した。日本の版画の影響も多大。
● ロダン(1840-1917)「歩く人」(1905)彫刻。フィレンツェでミケランジェロを学びその秘密が少しわかったと手紙にロダンは書いている。1875年から5年ほどベルギーに滞在して田園や森を歩く楽しみを発見したロダンは後にコンパスを開いたような両足で頭が除去された作品をつくった。これをリルケは、「完全な歩く人だ。何も付け足すものはない」と評した。             


● マネ(1832-1883)「草上の昼食」(1866)油絵。1863年の帝展で落選した作品で、ナポレオンⅢ世がこの絵を下品だと揶揄した。この絵は同年、印象派画家が集まった落選展に「水浴」の名で出品し大きなスキャンダルを巻き起こした。絵はマネとモデルのビクトリン・ムーラン、後で義兄弟になるリーンフォフが描かれている。マネはジョルジョーネの「田園のコンサート」をコピーしていてその現代版を描きたかったと述懐。絵には消失点がいくつもあるのが印象派の先駆的な作品となった。
● ドガ(1834-1917))「ダンス教室」(1876)油絵。ダンスの練習風景で手前に後ろ向きに立つ少女の足元に犬やサルがいる。これを見ると奥の方は見えないのだ。また奥で指導している先生を見ると手前のピアノの上に座った黄色い腰リボンを付けた少女は見えなくなるドガの視覚の広い絵がある。
● ルノワール(1841-1919)「ムーラン・ド・ラ・ガレット」(1876)油画。1877年の第三回印象派展出品作。モンマルトルの丘の上にガレットを食べられる風車のある野外コーヒー店があったことから絵の名前になった。日曜日に近所の人々や学生や芸術家など多彩な人物がやってきて踊った。入場料はかなり高価であった。この絵の人物はルノワールの友人の画家や常連のモデルである。晩年に人物を消したり全体の色のトーンを青く描きなおした。
● モネ(1840-1924)「コクリコ」(1873)油絵。手前の人物と左奥の人物は同じモデルが使われている。「コクリコ」は印象派の作品でも特に有名で色と色を混ぜないで点のしみのように隣り合わせて置いている。そこに夏の日の揺れ動く雰囲気が見る人に感じられるのだ。
● カーユボット(1848-1894)「床板を削る人々」(1875)油絵。画家で収集家でもあった彼は同時代の印象派の画家を経済的に支援した。モネに見出され1874年に印象派の仲間入りする。作品は1876年のサロンに出品されその労働者を描いた過酷なまでのリアリズムがスキャンダルになった。
●セザンヌ(1839-1906)「コ-ヒーカップのある女性の肖像」(1890頃)油絵。絵には制作年代が入ってない。セザンヌの絵でも力強さが出ている時代のもの。テーブルの上のコーヒーカップや円筒形の器具と同じように、モデルの人物も静物のように長い間身動きしないでいなければならなかった。テーブルの温か味のある色と対照的な青色の構成によって人物はより強さが引き立てられている。絵の婦人は誰なのか?何処で描かれたのかなども不明だ。


2011年2月14日月曜日

モンドリアン回顧展 三原色と黒枠の構成による統合を描いた 現代抽象芸術の創造

赤と黄と青の三原色と黒枠からキュービズム運動に接近しながら他のオランダ人芸術家と共に新しい芸術のコードを生み出したモンドリアンの作品が昨年末からポンピドー・センターで開催されている。

パリ・ポンピドー・センター