ラベル
怨念、、法隆寺論、梅原猛、聖徳太子、古事記、日本書紀 の投稿を表示しています。
すべての投稿を表示
ラベル
怨念、、法隆寺論、梅原猛、聖徳太子、古事記、日本書紀 の投稿を表示しています。
すべての投稿を表示
本書の初めのほうで論じている哲学的接近ともいうべき対象への演繹が社会科学や人文科学でも重視できるという見解が述べられているがこれは、思いつきが勝負
ということだろう。思いつきのよさが梅原氏の論じかたの決め手である。後はその仮説検証をしてゆく証拠探しになる。「隠された十字架 ―法隆寺論― 」 梅原 猛 著 (昭和47年 新潮社) はそういう書き方になっている。「怨念」を鎮めない鎮められない贋仏教に踊らされたためなのであろうか、
すなわち梅原氏は、初めの知発した思いつきが悪かったのか、八百神や小乗・大乗の仮の教えを真実の仏だと誤って祭り崇めることで、国に人々に「怨念」が起こることに考えが及ばなかったようだ。百済の聖明王の渡した釈迦仏は当時の人々はそうとは見ずに観音・阿弥陀仏と見間違えて認識していた。神と仏、阿弥陀仏と仏教の仏との違いをわきまえずに上下を違え逆さまに祭り祈ったために下克上が起きたのである。そこにすべての「怨念」の根本の原因があり、聖徳太子一族が罪もないのに皆殺しに会ったので「怨念」が生まれたのではないだろう。それは下克上を起こした結果なのである。原因を究明しなければその「怨念」は克服されないだろう。