2015年10月10日土曜日

「褒めて、遠ざけ、捨させる」 池田大作のまねた念仏法然の国家滅亡の論理とは 

安倍晋三や池田大作が嘘や虚言を吐いて踊りくるっている姿が当然視されるのは、日本国民が彼等に誤魔化されていることを良しとして、彼等の悪を批判せずに許しているからだ。メディアも彼らに惑わされ、自ら蕩(とろ)かされていることを喜び、一向に真実を見ようとしない。これらの病の根源は、蝦蟇法師である念仏法然先生の教えを創価学会の池田大作が習い覚えて、自分の創価学会宗に取り入れたからである。今度は、この誤魔化しの池田の虚言に魔を受けた安倍晋三首相が踊り狂って、日本の頸を自ら切り落とす国家滅亡の戦争の危機を準備しているように見えるのである。法然の無間地獄のやり口とは、 「褒めて、遠ざけ、捨させる」 ものだ。

『法華経』は素晴らしく凄いが我々のような衆生の機根には理解するのは難しくて困難だというのだ。つまり否定はしないで、先ずは褒め上げるのである。そして衆生の理解力を下げに下げて、距離を作り、捨てさせるという悪義を採ったのである。そして成仏の叶わない念仏を持って来て、代わりに唱えさせたのである。これと同じことを創価学会の池田大作がやっている。

日蓮大聖人の書かれた文を信徒は『御書』という。池田の主張とは、「御書は素晴らしいのだが、古文体で書かれてあって、現代人には読むのが困難だ、この難しい御書を卑近な比喩も取り入れてわかり易く現代的に解説したのが池田先生の『スピーチ集』である。この『スピーチ集』を読んで理解した後でなら、難解な日蓮大聖人の『御書』もすっきりと簡単に理解できるのである」と言う主張なのだ。このように創価学会員達が教えられてきたことを思い浮かべるのである。

今、日本はこのような論理でもって、念仏僧の法然や宗教家の池田による蝦蟇法師の魔術に騙(だま)されて、無間地獄の淵にたたされてしまった。解釈や解説を好み真実を見ようとしないからである。御書の原文を読まずに池田の「解説本」や「スピーチ集」を読むなかで、蝦蟇先生の毒がそこに混入されて、主従が転倒してしまったのである。テレビ・新聞のメディアも同じで、現実の真実はキャスターや論者の解説・解釈の主観によって毒入りの歪めらた情報が真実かのようにされているのだ。(パリ=飛田正夫 
2015/10/10 13:02日本標準時
日本の平和憲法は「従」にされて、安倍晋三首相という人の個人解釈が「主」になってしまったのはこのためだ。これを下克上という。世の中がひっくりカエルのである。胴体と頸の境が見分けの付かない蝦蟇というのは、実は、安倍晋三首相の頭には創価学会・公明党の池田大作が乗っている姿なのだということを、早く気付くべきなのだ。そして更に大事なことは、この頸を切り正常な日本を取り戻すことだ。この「蝦蟇の頸を切る」とは、安倍と池田との間に血を通わさせないようにすることなのであり、さらに言えばそれは、創価学会員の頭に宿る池田大作を切ることであると思う。