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2013年9月21日土曜日

8年後 サルコジの「権力と市民の対決」クリシー・スー・ボワ事件がやっと裁判に


レンヌ高等裁判所(控訴院)は9月20日パリ北部郊外のクリシー・スー・ボワの町の変電所で2005年に感電死した事件で8年後の今日2人の警察を軽罪裁判所に送検することを決めた。2人の警官は救助義務を怠ったことで裁判を受ける。

 子供であったブゥナ・トラオレ君(15歳)とジィエド・ベナ君(17歳)の2人は警官に追われた直後のできごとで、彼らが追われて逃げ込んだとされる危険な発電所内から救うことも発電所の電源を切ることもしなかったことが問われている。

 この2人の死は、郊外移民青年による反対運動となって燎原の如く燃え広がり各地方都市でも車が焼かれ公共施設に火がつけられてフランス中の移民の抗議暴動の発火点となった。その機動隊や警察を指揮していたのが当時は内相であったサルコジ氏であった。サルコジ氏はこの事件の直後に発言し警察による追跡はなかったと宣言している。きわめて政治的な発言であった。

 後に大統領となって有名な外国人移民を矢面にしたグルノーブル発言が出るわけだが、この事件はその前兆であったとも見られる。もしくは、この時にこの事件によって、その後のサルコジ氏の政治姿勢を決める原因を作ってしまったとも考えられるものだ。

 サルコジ政権下では市民や遺族の裁判要求に対して、この2人の警察の裁判は取り下げになり事件は無かったことにされていたからだ。

 その意味でも今回の社会党政権下でのクリシー・スー・ボワ裁判は民主主義国フランスにとって人権を巡り「権力と市民の対決」する裁判でもあり重要な意味があるものとなる。裁判の日取りは今のところ決まってない。


【参考記事】
http://www.huffingtonpost.fr/2013/09/20/zyed-et-bouna-proces-policiers-correctionnel_n_3959751.html?utm_hp_ref=france

Affaire Zyed et Bouna: les deux policiers renvoyés en correctionnelle pour un nouveau procès


Le HuffPost avec AFP  |  Publication:   |  Mis à jour: 20/09/2013 10h34 CEST
LES POLICIERS RENVOYÉS EN CORRECTIONNELLE

ZYED ET BOUNA. VERS UN PROCÈS, 8 ANS APRÈS


Les policiers sont-ils des justiciables comme les autres ?

Le Monde.fr |  • Mis à jour le  |Propos recueillis par 
http://www.lemonde.fr/societe/article/2013/09/20/les-policiers-sont-ils-des-justiciables-comme-les-autres_3482078_3224.html

Zyed et Bouna: les deux policiers renvoyés en correctionnelle

LE VENDREDI 20 SEPTEMBRE 2013 À 10:16 mis à jour à 16:28
Par Elise Delève

2013年8月4日日曜日

岩田正美著「社会的排除」を読む なぜ権力を語らないのか

「社会的排除」岩田正美著(有斐閣 2008年)
  「社会的排除」岩田正美著(有斐閣 2008年)を読む。しかしこの「社会的排除」という用語はフランスではあまり聞きなれないように私には思える。フランス語では何と言っているのだろうか?本書16頁では2005年10月のパリ北郊外都市クリシー・スー・ボワでのブゥナ・トラオレ君(15歳)とジィエド・ベナ君(17歳)の2人が感電死したことは書いている。それが青年たちの郊外暴動の発火点であったとしてこの青年たちが労働市場や労働組合などの集団からも排除された社会的排除の典型だとしている。しかしこの郊外の移民青年たちを排除したのはサルコジ氏であったことはきちんと書かれてないのはどうしてなのか不思議である。
 
 公務員に対する移民の二世の再犯者は国籍を剥奪すると宣言し、一般のフランス人子弟と差別を設けたサルコジ前大統領のグルノーブル宣言などを鑑みると権力が「社会的排除」の主体者であることが明快だ。これはクリシー・スー・ボワ事件から一環したサルコジ氏の移民観なのである。

 欧州審議会の人権委員会のアシュトン委員が人権無視の強行的なロマ人排斥を行なったサルコジ氏に対して人権違反のフランスの法律を修正するように通達したことなどは誰も忘れてしまっているのだろうか。

 移民に対する排除はフランス人の中にそれを支持する外国人嫌いの保守層が存在し、彼らの支持票を集める材料として移民迫害が行なわれているように思えるのである。そういう視覚からクリシー・スー・ボワでの事件をとりあげ「社会的排除」をいうのならばよく理解がいくのだが、著者の観点はそうではないようである。