2010年12月6日月曜日

ド・ビルパン前首相が判事に カラチ仏人殺害事件は「テロと無関係」「賄賂と大統領選挙資金に強い疑惑」と指摘

 カラチ仏人殺害事件は2002年5月8日にパキスタンのカラチ南部で潜水艦アゴスタ建造をしていた仏造船局DCN(当時は国営)の技師11人がテロ殺害された事件だ。25日これに関し、当時の大統領官邸エリゼ宮殿官邸書記総監で前首相のドミニク・ド・ビルパン氏が、当事件のコミッション疑惑の証人として、テロ事件担当のルノー・バァンリュインベック判事へ開示を申しでていたが、それが25日午後17時45分ごろ(4時間半に及ぶ)に説明が終了した。その直後の記者会見でド・ビルパン氏は賄賂(コミッション)とテロとの関係は無いといっている。また他方では、フランス側へ逆流する違法の差し戻し賄賂(レトロコミッション)に関しては、それが1995年の大統領選挙資金に使用された疑いが強いとの確信を表明したと報道された。しかしその具体的な人物が誰であるかの指摘は今回は控えられて話されなかった。


ー 二つの賄賂、コミッション(合法)とレトロ・コミッション(違法) 

賄賂といっても「カラチ事件」ではこれに二種類のコミッションが想定されている。当時はフランス政府は外国に軍備設備を売り込む場合には、前もって賄賂(コミッション)を渡し受注獲得を有利にすることは法律で許されていて合法的な行為とされていた。しかし、たとえばフランス側がカラチとの取引では仲介者(2人のリビア人)に対して渡した賄賂(コミッション)がカラチ側に渡されずに、フランス側へ逆流させる違法の差し戻し賄賂(レトロコミッション)はフランス国民の税金の汚職行為で横領と見なされることから疑惑視されていた。

フランス側からカラチ側の取引関係者へ手渡された現金コミッション(合法)が、ジャック・シラク前大統領により政敵バラデュー元仏首相(1993 -1995)が1995年の大統領選挙資金準備につぎ込まれるのを警戒して、そのレトロコミッション(非合法)を停止するためであったと見られている。

コミッション額はパキスタン政府の決定者側へは契約金の10.25%にあたる約8千万ユーロ(約104億円)で、フランス側へのレトロ・コミッションはその4%(約34億円)が流れたと見られている。


  大統領選挙予選でバラデューは落ちて決選投票では、シラク氏とジャン・マリー・ル ペン(フランスの極右政党、国民戦線FN)総裁との対決となり、2002年5月6日にシラク大統領が再度当選した。カラチの事件はその直後の2002年5月8日に起こった

 経済協力開発機構(OECD)は2000年にコミッションを禁じたが、それ以前はコミッションは認められていたのだとバラデュー氏は反論していた。しかしフランス側が受け取ったとされる見返り手数料(レトロ・コミッション)の場合ではアゴスタ潜水艦契約当時でも禁止され非合法であった。

 サルコジ大統領も2009年6月のブリュクセル(ベルギー)での首脳会議の合間のインタビューで、これは「まるでおとぎばなしのようだ」、とした見解があり報道されている。その少しあとで、2009年6月18日のフランス国営放送・テレビA3のインタビューでバラデュー元仏首相が質問に答え、わたしの「知る所では完全に合法的に行われていた」と語っている。

この支払い停止によりカラチ側にコミッション(合法)が渡らなくなったために怒ったカラチ(政府、軍人など取引で利益を得ていた者)が報復措置として現地でアゴスタ潜水艦の建造に当たっていたフランス人技師をテロ殺害したとする考えは、これは事件直後に主流であった国際テロ組織のアルカイダ犯行説が後で変更されたように思われるが、しかしこのコミッション不払い報復説は当初から完全に放棄されていたのではなくて少なからず存在していたものだ。

 カラチ仏人殺害事件は、カラチのシラトン・ホテルに宿泊していたフランス造船局DCNのエンジニアが毎朝、カラチ南部の潜水艦組み立て場へと通勤するパキスタン海軍のバスに乗り込んだ所に横づけしたTNT爆弾搭載の車が爆破し死亡した事件だが、幾つかの解釈が出ていた。


ー カラチ仏人殺害事件のポイント、二つの筋で

ここがカラチ仏人殺害事件が何故問題になっているかの重要なポイントの一つである。

つまり不正なコミッションの流れでフランスの国税を私的な利益とした者がいるという疑惑があるからである。そのレトロ・コミッション疑惑というのは、当時のバラデュー内閣の財務相でその大統領選挙スポークスマンを担当し、潜水艦の売買契約に関係したとされるサルコジ現大統領にかかっていたからだ。この点が今回の判事への開示で強調された筋でもあった。

ところが、今日(25日)のフランス国営放送・テレビA2の夜のニュースではド・ビルパン前首相がバァンリュインベック判事に話したのは「賄賂とカラチ仏人殺害事件とは無関係だ」という筋が強調されたものであった。がもう一つの筋である、「賄賂の見返り手数料(レトロ・コミッション=非合法)が 対シラクとの大統領選挙に注ぎ込まれたことに大きな疑惑を確信している」 の方はぼやけて報道されていた。しかし夕刻の国営ラジオFrance Infoではその二筋がド・ビルパン氏が話したとして、それぞれを明快に報道している。

重要なのは先のリスボンでのNATO北大西洋条約機構会議の折に19日、カラチ問題で記者会見したサルコジ大統領は「要求があればすべての国家機密の開示をする」と宣言したことで、逆にこれまで国家機密は全部明かされたとしていたことが誤っていたことがわかった。その後ではフィヨン内閣は国家機密の開示は拒否すると宣言している。野党社会党などからは「汚職を隠すのが国家機密なのか」と批判が高まった。 


ー ド・ビルパン前首相の判事への開示

 ド・ビルパン前首相が今回(25日に)、判事の前で事件の真相を開示したのには経緯がある。これが重要なので少し説明したい。

カラチでテロの犠牲になった遺族側からは「シラク前大統領とド・ビルパン前首相は、コミッション停止によって引き起こされる帰結、つまり停止に腹を立てたカラチ政府関係者側が、潜水艦の建造にあたっていたフランス人技師を殺害報復することは予想できたものであって、人命の危険に及ぶ行為であったのではないか?」として先週、訴えが出ていた。

同日直ぐに、ド・ビルパン氏は「遺族の訴えは非常に重要なことなので、来週すぐにでも真実を判事に話したい」としていた。

しかし、このド・ビルパン前首相の発言の直後に、今度は遺族側はド・ビルパン前首相らへの告訴は取り消したいと発表した。ド・ビルパン氏の確信を最後まで追及することに敬意を表したいと宣言している。

先週、遺族らがド・ビルパン前首相を訴えたのには事情がある。当時のフランス政府のカラチへの潜水艦売り込み事情を知るある政府高官(同時代にサウジアラビアへの武器売り込みの担当者)が、先週、(自分は)「コミッションの停止は相手国から報復措置を招く危険なものだと警告をしていたのだ」という突然の発言があった。父親を亡くした娘さんら遺族がド・ビルパン氏らを訴えたのはこの高官の発表があったその直後であった。