2011年2月9日水曜日

フランス左派系リベラシオン紙のジョフラン編集長、大手週刊誌「ヌーベル・オブセルバトワー誌」編集長就任が決定

2月8日、93%のオブセルバトワー誌の記者の賛成投票でフランスの左派系新聞「リベラション紙」の編集長であるローラン・ジョフラン(Laurent Joffrin)氏がオブス誌の新編集長に就任が決まったと、同誌編集者会議(SDR)が8日夕刻に発表した。「うちには100%、左派のジャーナリストしかいない」と話すリベラション紙の編集長ローラン・ジョフラン氏が他社に移ることで昨年秋ごろからにわかに話題になっていた。

11月3日ジョフラン編集長は最低3ヶ月は残ると発表していた。フランス左派系週刊誌の代表的存在であるオブセルバトワー誌社長クロード・ペルドリエール氏が11月1日に編集長に来てくれるよう依頼していたことが明らかになっていた。

リベラション紙とオブセルバトワー誌の共同は可能か?仏左派系大手編集長の決断が下った

またベルドリエー社長は、リベラション紙の大株主(36%)エドワード・ド・ロスチャイルド氏に11月3日朝に会い、「フランスではジャーナリズムは多元主義を重んじていて、その実現に貢献できる方法を見出してきている。もっかリベラション紙とヌーベル・オブセルバトワー誌の共同のあらゆる可能性を・ジョフラン氏が検討している」とヌーベル・オブセルバトワー誌のベルドリエー社長は両メディアの接近を語ったと「フィガロ紙fr.3日」は報道していたが、その決断が下ったわけだ。

2010年11月29日、オブセルバトワー誌の編集長であったデニス・オリヴェネ(Denis olivenes)氏がサルコジ陣営のラジオと呼ばれる「ヨーロッパ1」の局長に移ったために編集長の席が空になっていた。「ヨーロッパ1」や「日曜新聞」(JDD)「パリマッチ誌」ニュース・ウェブ(Newsweb)などは、フランスのメディア支配を目指すアルノー・ラガルディエ氏の傘下にある。

ラジオ・ヨーロッパ1の局長のアレクサンドル・ボンパー氏は11月末の時点で書籍やレコードの全国チェーン店フナック社の社長に移っていて、後釜にオブセルバトワー誌編集長のオリヴェネス氏が就任していた。

オリヴェネス氏とうのは過去にはトロッキストであり現在でも社会党支持を隠さない人物である。これを承知でサルコジ傘下のラジオ局長へ迎えられたのには理由があるようだ。

オリヴェネ氏は左派メデアの顔なので、メディア次元での左派陣営の取り込みの懐柔策だと週刊誌ル・ポワン誌では見ている。すでにローラン・ジョフラン氏は発行者兼編集長を2006年以来続けてきたが、以前には「ヌーベル・オブセルバトワー誌」と「リベラシオン紙」とを何度も行き来してヌーベル・オブセルバトワー誌の編集長も何度か経験していて顔見知りも多い。リベラシオン紙の仕事は2月28日に終了し、オブセルバトワー誌の編集長は3月初めから仕事を開始するという。

リベラシオン紙のジョフラン編集長の後任は56.7%の投票率でニコラ・デモラン(Nicolas Demorand)氏が引き継ぐ。

ジョフラン編集長、リベラシオン紙の過去とメディアの将来を語る

2月9日の朝の「ラジオFrance Info」では、ジョフラン氏が出演し抱負を語っている。ジョフラン氏はリベラシオン紙は新しい出発となるとし、デモラン氏の人柄を賞賛している。ジョフラン氏はよく口ごもる人なので簡単にここでは触れておくことにする。「私をいやがっていた人もいたし、リベを希望する者(編集長)もないので(編集長が決まって)よかった」と漏らしていた。

また新聞の歴史で重要なので話すとして、「自分が4年前にリベラシオン紙に来たときには1週間後には破産する。1ヶ月と持たないなどと噂されたが、リベは財政的にも中身も立派に立ち直った」「現在は紙からウェブ(Web)へのトランジィッションの時代で」あり経営が難しいと話している。新任のオブセルバトワー誌に関しては「50万部発行の強力なジャナールで紙とウェブ(Web)でやっていく」と抱負を漏らしている。

フランスのメディア業界では珍しくないことだが、オリヴェネ氏は最近までフナックの社長であったが2008年3月にオブセルバトワー誌に移ってきた。以来、「2年半ほどで会社の財政は立ち直った」「週刊誌は活性化した」と、「N-オブス」グループのベルドリエー社長は評価している。

93%の記者から賛成投票で編集長に支持されたローラン・ジョフラン氏は、今度はフランス最大の週刊誌(左翼系オブセルバトワー誌)での腕のみせどころだ。