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2016年5月29日日曜日

安倍の伊勢神宮招待サミットで 参加国に三災七難・天変地夭・飢饉疫厲が競い起こる

G7伊勢志摩サミットは、何故に開催場所となった場所が問題なのかだ。それは伊勢神宮があるからだ。多くの人々は安倍晋三首相が選んだサミット開催場所が日本の神域で政教分離(ライシテ)の精神に反するとか、日本軍国主義の精神的支柱になった宗教であるとかの観点からこれを批判している。しかし本当に重要なのは、靖国神社や伊勢神宮などの神社というのは日本の国民が拝む信仰の対象にしてはならない場所であるということなのだ。それが安倍晋三首相や神道崇拝者にはよくわかってないという事である。どうして靖国神社や伊勢神宮を祈ることが良くないのかというと、神社の神は仏法でいう正法を守る諸天善神が住んでいたのだが、日本の国の仏法への無知によって神を祈り仏を下げ捨てて、信仰しなかった為に、八幡大菩薩や天照大神は仏法守護の約束を法味に飢えて枯れ果てて、その祠や神社を捨てて天上に帰ってしまった。その空き家に今度は悪鬼が入り込んでしまったのである。そこにお参りすることは、悪鬼を祈ることになるというのが日蓮大聖人の言われた「神天上の法門」である。その為に、多くの災いがこの神宮に詣でることで、日蓮大聖人が「立正安国論」で指摘された三災七難、天変地夭、飢饉疫厲が競い起こるのである。嘘か真実かは、今後のG7伊勢志摩サミットに出席した国や首相を見れば良く理解することが出来るはずだ。

2013年11月11日月曜日

池田大作が表敬訪問したルーマニアの独裁者チャウシェスクとその妻エレナの遺体を発掘

「SGI国際平和グラフ」(1983年フランス語版 2―3頁)
ルーマニアの独裁者ニコラエ・チャウシェスクとその妻エレナの遺体の発掘が21日行われた。二人は1989年に処刑されたが政府は墓荒らしを恐れてブカレストの中央から少し西にあるゲンシアの墓地にニセの名前で埋葬していた。亡くなったニコラエ・チャウシェスクの娘ゾイアの夫のミルセア・オプレアン氏は、射殺されたチャウシェスクを見たとして、「マントーやズボンの穴を思い出した」と言っている。三人の子供のうちの生き残った一人バレンタン・チャウシェスク氏もオプレアン氏と同じくその埋葬に疑問をもっていて発掘を望んでいた。DNA判定結果は数ヶ月後になる。(本文の初出 / 公開日時: 2010年7月22日 @ 23:58 )

チャウシェスクのルーマニア独裁は1965年から1989年まで続き、12月22日にヘリコプターで逃走、同日逮捕され数時間後にブカレストのタルゴビスト兵舎で秘密裏に裁判に掛けられて、その場で射殺された。ヨーロッパで最も知られる独裁者の墓の訪問客はふえ続けている。ルーマニアの映画監督アンドレ・ウジカ氏により資料に基づくニコラエ・チャウシェスクの生涯を描く長編映画がカンヌ映画祭で上演された。1989年のニコラエ・チャウシェスク転落の周辺は歴史の暗い影に覆われた部分であるといわれている。二人は1989年に処刑されたが政府は墓荒らしを恐れてブカレストの中央から少し西にあるゲンシアの墓地にニセの名前で埋葬していた。

日本では創価学会の池田大作名誉会長が1983年6月4日から9日までルーマニアを訪問。随行した新聞記者の水上靖彦氏の報道では「チャウシェスク大統領と、人類平和のために約一時間にわたって核軍縮、世界の各地に“非核ゾーンの設置”など、平和への国際協力の必要性について会談」とある。

「この模様は、国営ルーマニア・テレビ放送でニュースのトップで報じられた。」と創価学会系の月間誌「第三文明」(1983年9月号106頁)で書いている。ニコラエ・チャウシェスクと会見する池田大作氏の写真は同誌の107頁にも掲載されている。しかしなんといっても創価学会インターナショナルの広報誌である「SGI国際平和グラフ」(1983年フランス語版)の2頁から3頁を使っての両者の6月8日の会談を大きな写真に収めたものが見逃せない。

「SGI国際平和グラフ」(1983年フランス語版)

983年6月8日午前中に池田大作インターナショナル創価学会(SGI)会長はルーマニアのニコラエ・チャウシェスク大統領を官邸に表敬訪問し60分に渡り会談したと、「SGI国際平和グラフ」(1983年フランス語版)にはある。

「第三文明」(1983年9月号)
この両者の会談の中で特に、軍縮と原爆兵器の廃絶及び平和思想を語りあった。と「SGIグラフ」誌では報道されている。現代の最も重要な課題は、軍事費削減や原子力兵器削減と同様に、世界の政治的緊張の最大の原因になっている武器の拡散化を止めることである。新たな原子力兵器の開発を止めさせ、既存の原子力兵器を廃止させるためには、世界平和のための国際協力を呼びかけなければならないと池田氏は話している。

その後、ルーマニアの大統領は池田氏の質問に答えて、牢獄やテロリズム、圧制、戦争などのテーマで答えた。また、同誌によると、チャウシェスクは常にルーマニア民衆の為に、独立の為に、よい社会を建設する為に、そして国際友好の為に働いてきたと評価している。この評価は間違いなく創価学会のそして池田のチャウシェスクに対する見解であって、ルーマニアの独裁者としてのニコラエ・チャウシェスクの正体が見抜けなかったわけである。

創価学会・公明党は、原子力のアトムの正体が何であるのかを見抜けなかったから、2011年3月11日の福島の原発基地事故が起こったのである。世界平和のための国際協力では池田のいう武器の拡散化は解決しないのである。それどころか池田が核の平和利用は軍事利用とは違うと判断したことで公明党は自民党の核推進政策を支持してしまった。これが福島の事故の引き金であった。本来は創価学会はこれに絶対阻止の反対を死守しなければならなかったのである。

それを創価学会は忘れてしまった。世界の指導者からの名声やメダルを求めて世界を走り回った池田は、本来の信仰を失って法然先生のような姿になってしまったのである。これは「立正安国論」の主要なテーマでもある。池田は法然の弟子の思想である世界の静謐を先ず収める世界平和を唱えてこれを実現しその後に宗教の正邪を明らめようとしたわけだ。「立正安国論」での法然のような考え方に、考えが変わってしまっていたのである。

創価学会や公明党もそこを抑えないと、福島の原因が「立正安国論」の逆さ読みをした法然読みに足をすくわれたことにあったことははわからない。ここに日本の不幸の原因があったことは理解できないのである。

「SGI国際平和グラフ」(1983年フランス語版)は、日本の創価学会の指導者池田大作がインターナショナル創価学会(SGI)会長として独裁者チャウシェスクと会談する貴重な資料である。当時ヨーロッパではルーマニアのニコラエ・チャウシェスクは独裁者として多くの民衆を殺害していることで有名であった。その両者が写っている「SGI国際平和グラフ」(1983年フランス語版2―3頁)の写真をあるフランス人学生に見せた私は顰蹙(ひんしゅく)をかうことになったのである。

日本ではチャウシェスクのことは良く知られてなかったが、チャウシェスクが自国の民衆を殺害し人体実験までしていた独裁者であることはヨーロッパの一般人の常識であったのである。この独裁者の大歓迎に創価学会は池田氏をはじめ組織をあげて喜んでいた。

今後、独裁者チャウシェスクの大量虐殺の生涯をより多くの方が知れるような歴史の発掘がなされてゆくことを願いたい。その時に池田大作氏の独裁者表敬訪問も正しく歴史の鏡に照らしだされて裁断されるだろう。

2013年11月6日水曜日

「立正安国論」の転倒解義 法然先生のトリック呪術が池田創価学会に


池田創価学会が日蓮大聖人の御書を拝しながらも人々を迷わす法然先生のトリック呪術を使うというのはどういうことなのだろうかと考えた。「立正安国論」を拝しても日蓮大聖人の立場(主人)の見解でなくて、念仏法然(客人)の立場」で「立正安国論」を読んでいるのはどうしてかと疑問をもった。これが創価の世界平和運動の理論的根拠となっていて「立正安国論」を学んでいながら、逆に念仏法然先生の主張を学ぶことになってしまっていた。この点の読みにおいて創価学会が主客を転倒(てんどう)させて誤まった法然流の解釈を提出しているのは、有名な池田大作著「立正安国論講義」(日蓮大聖人御書十大部講義 第一巻 立正安国論 昭和41(1966年)年7月3日 創価学会発行)に於いてそれが指摘できる。創価学会は、「立正安国論」での客人の立場で、つまり法然の思想を継承して、仏法を転倒(さかだち)させて理解してしまったと考える。




「立正安国論」が論議される場合にしばしばいわれるのは、この書が日蓮大聖人の平和実現の理論書であるということである。この中で、主人というのは日蓮大聖人の立場であり、客人の主張とは当時の社会に多大な影響を与えた念仏法然の立場のことである。両者に於ける「立正」と「安国」の原理的及び方法論的対立が問答形式で論議されているわけだ。

池田のこの「講義」の箇所の解釈を引用すると、『創価学会の今日の発展、隆昌が恩師戸田城聖会長の獄中での不思議な体験、人間革命、広宣流布への情熱によって決定づけられたことを思いあわすべきである。「法は人に因って貴し」日蓮大聖人の仏法の興隆は、戸田前会長によって決定づけられ、そして今、五百数十万世帯の創価学会員の燃ゆるがごとき信心、広布への決意、幸福生活の実証によって、全世界に、未来永劫に流布していくべき源泉が決定づけられているのである。』(前掲書761頁)。

創価学会というのはこのように法を従にし、人を主にした「人主法従」(にんしゅほうじゅう)の視点から「立正安国論」を読み解釈して独自の仏法を立てた宗教団体といえるのである。これは経典解釈でも同じことで人師の仏教解釈からでた法然の念仏とはまさにそういう人の言葉を主にして経典を従にして読む「私はこう思う」式の私言の法門なのである。

池田が「日蓮大聖人の仏法の興隆は、戸田前会長によって決定づけられ」(前掲書761頁)という時、これは誤れる戸田城聖の『獄中の悟り』という私言によって決定付けられたということでもある。

このことを日蓮大聖人は破折されていたのである。学会員からは会長先生と仰がれた戸田城聖は『獄中の悟り』なるものを夢の中から作り上げたので、これはいわゆる夢中の法門なのである。池田大作の『わたしはこう思う、ああ思う』式のスピーチ提言集というのも法然の使ったやり口と似ているのである。

それは法華経は素晴らしいが難しくて凡人では理解しがたいと立てて、次には、それを本当に正しく理解できるのは法然先生しかいないのだとして、この先生が世間の卑近な例も取り混ぜてやさしくわかり易く噛み砕いて解釈したスピーチ集によって先ず理解すべきで、その次に難しい法華経を読めば容易に理解できますよ。という誤れる筋の手口なのである。

そのために創価学会員は御書をあまり読まずに先生の解説スピーチ集を一生懸命に読んで仏法を理解したつもりでいるが、実はこれは誤りの理解を得て逆に苦しむことになるのである。「立正安国論」によればこれでは世界平和も日本の安穏も無くなり他国から責められるのである。創価学会・公明党の責任は実はこの仏法の誤りにあったということだ。

日蓮大聖人の御書を人師の私言を基として解釈する宗教団体である創価学会の正体とは、つまり日蓮大聖人の御書を学ぶのではなくて、池田会長の言葉(スピーチ)を学ぶ団体だということなのだ。

次に、この日蓮大聖人の「立正安国論」に出てくる、客人の主張である「先ず国家を祈りて須く仏法を立つべし」(前掲書749頁)の箇所だが、この箇所を講義解釈した前述の池田大作著「立正安国論講義」によると、「国が亡び、人が死んでしまったならば、仏法を信奉することができない。まず国家、社会を安定して、しかるのちに仏法をたてるべきであるとの客の言葉である。」(前掲書 761-頁)と、池田の解釈もここでは一応は「客人」の言葉なのだと明言している。

ところがこの箇所は、「日蓮大聖人御書 五大部」(監修 池田大作、編者 創価学会教学部 創価学会発行昭和50年5月3日)では次のように、解説されている。 この「池田大作、編者 創価学会教学部 創価学会発行」の「日蓮大聖人御書 五大部」では不思議なことにこれは「御書」となっているのだが、実際には半分以上の頁数は注釈と解説の文が混在されてでできている著作である。日蓮大聖人の「御書」というタイトルだが、内容は解説書と合本になってできている。つまり池田の解説書と日蓮大聖人の著作物が一本となってできているわけだ。

この著作物で私的な解説を盛り込んでみせた著者は「我々が宗教的信念に基づいて、平和運動を推進しているのは、ここによっているのである。」と、前述の池田大作、編者 創価学会教学部 創価学会発行「日蓮大聖人御書 五大部」332頁)でいっている。この文の、「ここによっている」とは、この直前の文(331頁)によると、同書の日蓮大聖人の御書本文の箇所(本文の30ページの部分)のことで、創価学会の運動論の基本的原理が「ここ」を根拠としていると言っているのである。

つまり「ここ」とは、「而るに他方の賊来って其の国を侵逼し、自界叛逆して其の地を掠領せば、豈驚かざらんや、豈騒がざらんや。国を失い家を滅せば、何れの所にか世を遁れん。汝須らく一身の安堵を思わば、先ず四表の静謐を禱らん者か」(前掲「御書」の本文の30ページ)のことなのであるとしている。

「立正安国論」のこの御文の箇所をもって創価学会の世界平和運動の基本的原理を引き出してきているわけである。しかし、日蓮大聖人の御書を拝するに、この箇所の地の文は「主人」のものだが、「汝須らく一身の安堵を思わば、先ず四表の静謐を禱らん者か」の箇所は、客人の主張として理解すべきであろう。そうするとその前で主人が「若し先ず国土を安じて、現当を祈らんと欲せば、速やかに情慮を廻らし、忩(いそい)で対治を加えよ。」(前掲「御書」の本文の29ページ)といわれていることと矛盾なくつながるわけだ。

創価学会の編者たちの理解には無理な解釈がある。「汝須らく一身の安堵を思わば」の「汝」とは誰のことなのか?それは「客人」のことで「客人よ」といわれたわけある。「主人」が自分の話している文中でもって自分のことを「汝」とはいわないからだ。

当然のこと「立正安国論」は問答形式なので、「主人」に対する対告者である「客人」を指して「汝」といっているのは明らかである。したがって、「汝須らく一身の安堵を思わば、先ず四表の静謐を禱らん者か」(前掲書 )とは、「客人」の立場での主張というものを「主人」が要約して、それを貴方の言われるように「先ず四表の静謐を禱(いの)るべきものなのか」と客人の立場に疑問を呈しているわけである。このように理解するとその前の主人の言葉との整合性も取れるのである。

既に見たように、池田大作著「立正安国論講義」において、「国が亡び、人が死んでしまったならば、仏法を信奉することができない。まず国家、社会を安定して、しかるのちに仏法をたてるべきであるとの客の言葉である。」(前掲書 761-頁)と、池田自身もこれは客の言葉なのだと解釈を下しているわけだ。

日蓮大聖人の「立正安国論」において「主人」と「客人」との間で何が問題になっているのかというと、国土安穏天下泰平の実現には宗教の正邪を判別し誤りを糾すことが先なのか、それとも四表の静謐という(世界の平和・安定)が先なのかということである。これがそのまま日蓮大聖人と念仏法然の立場の相違点でもあったのである。創価学会はこの二つの立場の間で認識が揺れ、ついに「立正安国論」の解釈の次元で誤魔化すことで、法然の弟子になってしまったということだ。

つまり、この「先ず四表の静謐を禱らん者か」の箇所が、「客人」の主張であるわけだが、それを主人の主張だと誤った解釈をしてしまったのが創価学会だということである。この念仏法然に影響された「客人」の主張である先ず四表の静謐を実現させてから、つまり戦争が無くなって世界が平和になった後に宗教の正邪を糾し棟梁を決すればよいという誤まった立場を創価学会は選んでしまったのである。これを世界平和・反戦運動という公明党を出現させる王仏冥合の原理的根拠としてしまったわけだ。

それは創価学会・公明党が平和団体としての活動を正当化させるのに好都合な解釈だったともいえる。誰の眼にも無理があったのである。その無理を隠すためには、この理論の出典となったつまり日蓮大聖人の「立正安国論」そのものを解釈次元で主客倒立させた別釈を創り出す転倒解義が必要であった。こうして摩り替えのトリック(呪術)が会員の絶対的な価値となって、池田大作名誉会長のスピーチによってしか日蓮大聖人の「御書」は正しく理解できないのだと学会員を呪縛したのであった。

そのために創価学会は日蓮正宗の仏法とは合わないのである。日蓮大聖人の御書を基としてではなく、謗法の念仏法然先生の立場を継承する「客人の言葉」でもって創価学会の運動論の基本を立てたのであった。これが創価学会のいう仏法なのである。

「悪魔の法然」と日蓮大聖人は御書でいわれているわけで、それに従えば盲目にされ蕩かされて無間地獄へと連れられていってしまうということだ。それは日蓮大聖人の仏法を信仰しているようだが、実はそうではなくて別のものを拝んでいることになってしまうのである。

そのような誤れる教えを基にした宗教が蔓延すると三災七難・飢饉疫癘(ききんえきれい)という戦争や災害を万里の外より招き寄せてしまうことになるわけだ。(本文の初出 /2011年9月4日 )


福島放射能汚染は戸田城聖の原水爆禁止宣言の事ではなかったか?

ヨウ素131の半減期は8日だが、セシュウム137の半減期は30年であり、福島避難の地域では数十年あるいは100年に渡り無人になる他はないと、小出裕章京都大学助教授は「原子力村の大罪」(KKベストセラーズ 2011年)の中で書いて、被爆や放射能の恐ろしさを指摘されている。もし、広島や長崎の放射能の恐ろしさを創価学会の戸田城聖のように理解して、その後の創価学会や公明党の弟子たちがその使用禁止を叫んで、批判し続けていたのならば福島の原発事故汚染及び二次被爆は起こらなかったのだと考えるのである。

それをすべき使命を受けた人々が、原発基地建設に協力してしまったのである。それは何故そのようなことになったのだろうか、一つには原発の平和利用は広島や長崎の原水爆とは無関係だという誤った認識が広がっていたのではないだろうか。つまり戦争になれば核弾道弾に原水爆が搭載されて使用される可能性があり危険だが、「世界平和」が維持されて戦争が無ければ原子爆弾は使用されずに放射能の被害は避けられると考えていたのだと思う。

そこに、「不戦の誓い」という新たな方針が打ち出されて、戸田城聖の宣言したような原爆を使用した者はすべて死刑にすべという厳格な反原水爆の思想というものが退化していったのだと見る。創価学会の原子爆弾禁止の思想が、ここに到って誤った論理に踊らされて後退してしまったのだ。

これはどういうことかというと、創価学会・公明党の人たちが慕う日蓮大聖人の著述(御書)の中には、国家・社会の安穏の実現と宗教的な正邪との関係性を論じている箇所があり、その誤れる論理とはどういうものかを書き顕わされているので以下に引用する。

「立正安国論」(平成新編244頁、全集26頁)の箇所で、「所詮天下泰平国土安穏は君臣の願ふ所、土民の思ふ所なり。夫国は法に依って昌え、法は人に因って貴し。国亡び人滅せば仏を誰か崇むべき、法を誰か信ずべきや。先づ国家を祈りて須く仏法を立つべし。」とある。
もちろん、これは「客人」つまり「悪魔の法然」の論議の主張の箇所であることはいうまでもない。(「立正安国論」は主人と客人の対話形式で書かれている)

上掲載文の意味を簡単に池田大作流に説明してみるならば、戦争がもし起きたのならば、皆さんが拝んでいる御本尊も焼けてしまう。だから、天下泰平国土安穏が先ず大事なのだ。これを先ず祈るべきである。そうでないと戦争で信仰もできなくなってしまうという具合になるだろう。

つまり、創価学会の「世界平和」論や「不戦の誓い」運動路線というのは、このような日蓮大聖人の立場ではない「立正安国論」における客人の立場である法然という人の誤れる解釈を理論的根拠として押し出されてきたのである。つまり主人の主張と客人の主張とを摩り替えた誤魔化しの論議を、創価学会・公明党の人々が「立正安国論」を読み損なった指導者の主客転倒した解釈を鵜呑みにして信じてしまったことが原因なのである。

「邪正を弁(わきま)ふること無」く、「仏法の説を見ず」して、「法主人従」の格を主従転倒させてしまい、仏法が破壊されてしまったのである。つまり彼らは、「経を下し僧を謗ずること」によって、法然の立議である選択集の「捨閉閣抛」(しゃへいかくほう)を結果的には演じてしまったのであるといえる。

問題は、福島の放射能汚染・被爆のことだが、これは戦争によるものではなく、戦争とは無関係であったということである。戦争が起こることで核が使用され放射能汚染が起きたのではないのである。原子(アトム)は戦争に使用されたのではないのであった。

「不戦の誓い」があれば、世界が平和で戦争が無ければ、「原発の平和利用」には放射能被爆の危険はないとする考えを見事に裏切ったのが福島の事件であった。

現在の創価学会・公明党の考えとは異なって、戸田城聖の原水爆に対する思想には軍事利用は悪であるが平和利用は善だとする考えはなかったのではないか?

原子(アトム)に軍事利用と平和利用の二つを立てて、これを分離することで原爆の持つ本質である放射能汚染つまり被爆だが、これを許してしまったのには、後の創価学会の池田大作氏などの、「不戦の誓い」等に見られる原発の平和的利用を支持する解釈的な方向転換があったのだと考えられる。

政治家や科学者でも原発基地がなぜ危険なのかは福島原発事故を迎えてからでしか本当に理解できなかったようだ。日本には原爆の悪魔性を哲学的かつ宗教的に説明した者は少ないために、戸田城聖の原水爆禁止宣言の先見性に比し、それを後継できなかった後の創価学会や公明党などの思想的な乖離が非常に残念に思えるのである。(本文の初出公開日時: 2011年12月10日 @ 16:30)