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2016年5月29日日曜日

念仏が悪人を選ぶ「悪人正機」説  親鸞思想の機情・機根への偏執

親鸞の「悪人正機」説は、小情況を作ってそこに人間を押し込み、悪人・愚人の不遇な境遇に無理やりに人間を収斂させて、それを自覚させることで悪人こそが救済できる機情・機根であると「悪人正機」説を立てるわけだ。教えを限定化して、小情況的共同体の教団の「なか」に人間の一部特殊な機情・機根に落とし込むことで、「相対的感情」の「ルサンチマン」からの解放をこの世で「往生」を演じてみせて、それが他土世界での「成仏」の予証あるいは人々の不安救済に確信を与える信を強めることになると考えた。この欺瞞の救済が親鸞の「思想」である。この世での「往生」は集団的な共同体でのパルタジェ「分け合い」に基づくキリスト教的精神に相似している。それは他者への愛であって、偽って現じてみせた慈悲(悲母の愛)だともいえるが、そこには厳父の慈愛の教えはない。仏法というのは悪人の心を説くのではなくて、仏の法を学ぶのである。「依法不依人」の格が法然や親鸞には理解できてなかったということである。そこに独自の悪人の心を正機としてそれに合わせた念仏宗を立てたわけだ。だから機情・機根に偏執した念仏というしめっぱい宗教だというのである。

2013年11月11日月曜日

池田大作が表敬訪問したルーマニアの独裁者チャウシェスクとその妻エレナの遺体を発掘

「SGI国際平和グラフ」(1983年フランス語版 2―3頁)
ルーマニアの独裁者ニコラエ・チャウシェスクとその妻エレナの遺体の発掘が21日行われた。二人は1989年に処刑されたが政府は墓荒らしを恐れてブカレストの中央から少し西にあるゲンシアの墓地にニセの名前で埋葬していた。亡くなったニコラエ・チャウシェスクの娘ゾイアの夫のミルセア・オプレアン氏は、射殺されたチャウシェスクを見たとして、「マントーやズボンの穴を思い出した」と言っている。三人の子供のうちの生き残った一人バレンタン・チャウシェスク氏もオプレアン氏と同じくその埋葬に疑問をもっていて発掘を望んでいた。DNA判定結果は数ヶ月後になる。(本文の初出 / 公開日時: 2010年7月22日 @ 23:58 )

チャウシェスクのルーマニア独裁は1965年から1989年まで続き、12月22日にヘリコプターで逃走、同日逮捕され数時間後にブカレストのタルゴビスト兵舎で秘密裏に裁判に掛けられて、その場で射殺された。ヨーロッパで最も知られる独裁者の墓の訪問客はふえ続けている。ルーマニアの映画監督アンドレ・ウジカ氏により資料に基づくニコラエ・チャウシェスクの生涯を描く長編映画がカンヌ映画祭で上演された。1989年のニコラエ・チャウシェスク転落の周辺は歴史の暗い影に覆われた部分であるといわれている。二人は1989年に処刑されたが政府は墓荒らしを恐れてブカレストの中央から少し西にあるゲンシアの墓地にニセの名前で埋葬していた。

日本では創価学会の池田大作名誉会長が1983年6月4日から9日までルーマニアを訪問。随行した新聞記者の水上靖彦氏の報道では「チャウシェスク大統領と、人類平和のために約一時間にわたって核軍縮、世界の各地に“非核ゾーンの設置”など、平和への国際協力の必要性について会談」とある。

「この模様は、国営ルーマニア・テレビ放送でニュースのトップで報じられた。」と創価学会系の月間誌「第三文明」(1983年9月号106頁)で書いている。ニコラエ・チャウシェスクと会見する池田大作氏の写真は同誌の107頁にも掲載されている。しかしなんといっても創価学会インターナショナルの広報誌である「SGI国際平和グラフ」(1983年フランス語版)の2頁から3頁を使っての両者の6月8日の会談を大きな写真に収めたものが見逃せない。

「SGI国際平和グラフ」(1983年フランス語版)

983年6月8日午前中に池田大作インターナショナル創価学会(SGI)会長はルーマニアのニコラエ・チャウシェスク大統領を官邸に表敬訪問し60分に渡り会談したと、「SGI国際平和グラフ」(1983年フランス語版)にはある。

「第三文明」(1983年9月号)
この両者の会談の中で特に、軍縮と原爆兵器の廃絶及び平和思想を語りあった。と「SGIグラフ」誌では報道されている。現代の最も重要な課題は、軍事費削減や原子力兵器削減と同様に、世界の政治的緊張の最大の原因になっている武器の拡散化を止めることである。新たな原子力兵器の開発を止めさせ、既存の原子力兵器を廃止させるためには、世界平和のための国際協力を呼びかけなければならないと池田氏は話している。

その後、ルーマニアの大統領は池田氏の質問に答えて、牢獄やテロリズム、圧制、戦争などのテーマで答えた。また、同誌によると、チャウシェスクは常にルーマニア民衆の為に、独立の為に、よい社会を建設する為に、そして国際友好の為に働いてきたと評価している。この評価は間違いなく創価学会のそして池田のチャウシェスクに対する見解であって、ルーマニアの独裁者としてのニコラエ・チャウシェスクの正体が見抜けなかったわけである。

創価学会・公明党は、原子力のアトムの正体が何であるのかを見抜けなかったから、2011年3月11日の福島の原発基地事故が起こったのである。世界平和のための国際協力では池田のいう武器の拡散化は解決しないのである。それどころか池田が核の平和利用は軍事利用とは違うと判断したことで公明党は自民党の核推進政策を支持してしまった。これが福島の事故の引き金であった。本来は創価学会はこれに絶対阻止の反対を死守しなければならなかったのである。

それを創価学会は忘れてしまった。世界の指導者からの名声やメダルを求めて世界を走り回った池田は、本来の信仰を失って法然先生のような姿になってしまったのである。これは「立正安国論」の主要なテーマでもある。池田は法然の弟子の思想である世界の静謐を先ず収める世界平和を唱えてこれを実現しその後に宗教の正邪を明らめようとしたわけだ。「立正安国論」での法然のような考え方に、考えが変わってしまっていたのである。

創価学会や公明党もそこを抑えないと、福島の原因が「立正安国論」の逆さ読みをした法然読みに足をすくわれたことにあったことははわからない。ここに日本の不幸の原因があったことは理解できないのである。

「SGI国際平和グラフ」(1983年フランス語版)は、日本の創価学会の指導者池田大作がインターナショナル創価学会(SGI)会長として独裁者チャウシェスクと会談する貴重な資料である。当時ヨーロッパではルーマニアのニコラエ・チャウシェスクは独裁者として多くの民衆を殺害していることで有名であった。その両者が写っている「SGI国際平和グラフ」(1983年フランス語版2―3頁)の写真をあるフランス人学生に見せた私は顰蹙(ひんしゅく)をかうことになったのである。

日本ではチャウシェスクのことは良く知られてなかったが、チャウシェスクが自国の民衆を殺害し人体実験までしていた独裁者であることはヨーロッパの一般人の常識であったのである。この独裁者の大歓迎に創価学会は池田氏をはじめ組織をあげて喜んでいた。

今後、独裁者チャウシェスクの大量虐殺の生涯をより多くの方が知れるような歴史の発掘がなされてゆくことを願いたい。その時に池田大作氏の独裁者表敬訪問も正しく歴史の鏡に照らしだされて裁断されるだろう。

2013年11月6日水曜日

創価学会は法華経最第一を破る戸田城聖の『獄中の悟り』を継承

戸田城聖の『獄中の悟り』は丹波哲郎の主演する「映画人間革命」として記憶されている方も多いかもしれない。『獄中の悟り』こそは後の創価学会の生命論の原点となった重要な出来事であった。「仏とは生命なのだ」とは戸田城聖が無量義経を監獄で読む中で悟ったものだ。その戸田の無量義経での悟りを自己流に位置ずけ直したのである。法華経と無量義経の二つの経典の関係は一つの論文にある序論と本論との関係である。一巻の前後であって、法華経と無量義経との関係もそれと同じである。まるで手品の如き手法で異なる二経を並べて同じて、斉等(さいとう)にしてみせた。これは法華経最第一を否定する法華誹謗の邪儀を立てていることになる。戸田城聖は謗法の念仏法然邪説を利用したことになっている

その誤魔化しの手品の仕掛けの種が、「人間革命」(精文館書店 昭和32(1957年)年7月3日発行)の中に書かれている。法華経最第一の金口の経文に背き法華経と無量義経とを同等ならしめて創価学会の誤りの源流となったわけだ。

ここでいう「人間革命」という著作は戸田城聖の単行本である。戸田の死後になって、創価学会の池田大作も同名の「人間革命」という本を何巻も書いている。しかし本の名前は同じでも書き手が別なのである。

以下の写真は、創価学会二代会長の戸田城聖がペンネームで書いた「妙悟空著 人間革命」(精文館書店 昭和32年7月3日発行)

「妙悟空著 人間革命」(精文館書店)の発行は昭和32(1957年)年7月3日発行である。「妙悟空」というのは戸田城聖のペンネームだ。その奥付には「創価学会会長 戸田城聖」という役職名の署名入りで4頁にわたって、「人間革命の真髄(あとがき)」という文章が掲載されている。しかもそれが書かれたのは昭和32(1957年)年6月10日と日付が入っている。つまり戸田城聖の逝去は昭和33年(1958年4月2日)だから、ちょうど亡くなる1年前に書かれた文章であり、またそれは、「妙悟空著 人間革命」の発行される1ヶ月前に書かれたものであった。


戸田城聖の著作である「人間革命」精文館書店(昭和32年7月3日発行)の446-447頁。446頁の最後の行には「法華経を白文で読むことは出来ても、釈尊の本懐はどんなものなのやら、彼に汲み取ることが出来ない。」とある。法華経は理解できなかったのである。

同447頁9行目(上掲載写真の左側の頁)には、「巌さんは法華経の開経である無量義経を前にして、眼鏡の底を鋭く光らしていた。

開経とは、本経を説かれる前の予備、下準備に説かれる序経のことで、論文に序論、本論、結論とある・・・・・その序論に当るのだ。」

戸田はここで、法華経と無量義経とを同じくしてみせる独自の解釈の準備に取り掛かったことがわかる。

並べて同じることが、「法華最第一」を否定することになる

この戸田の考えには法華経が超八であり、諸経と並べ同ずることが法華誹謗になることなどは理解されていない。勿論のこと戸田は法華経最第一という意味も理解していなかったといえる。ましてやその最第一の経を無量義経を師として読む諸宗の人師の仏教の学び方であることなどには考えも及ばなかった。「妙蜜上人御消息」(全集1237 新編964)などは読んでなかったようだ。

法華経と無量義経を腹合わせにして並べてみせ、両者を同じものだと立て換えた。無量義経を読んだ戸田が法華経を読んで悟ったとしたのが戸田の『獄中の悟り』であった。これが創価学会の生命論の誤まった主張である。

法華経を、他の経典と並べこれ等を同じてみせる戸田城聖の手品の考案は、法華経を下したことになるだろう。創価学会は、法華誹謗の原点を創ったといえる。

無量義経の成仏では天台宗にも諸宗の教えにも創価学会の生命論は劣るのである。それどころか法華経最第一を否定する邪儀を立てている戸田城聖の謗法は法然の念仏に近い邪説となっている。

無量義経とは、「已今当の三説」の中の今経のこと、法華経とは

「三説超過」の経のこと

創価学会の教学部員も仰ぐ日蓮大聖人の御書である『諸経と法華経と難易の事』には、この法華経と無量義経の関係を明確に述べられた箇所があるので以下に引用すると、「日本国には伝教大師読んで云はく『已説の四時の経、今説の無量義経、当説の涅槃経は易信易解なり、随他意の故に。この法華経は最も為れ難信難解なり、随自意の故に』等云云。」(平成新編1468頁、御書全集991頁)

「随他意とは、真言宗・華厳宗等は随他意・易信易解なり。仏、九界の衆生の意楽(いぎょう)に随って説く所の経々を随他意という。譬へば賢父が愚子に随ふが如し。」(平成新編1468頁、御書全集991頁)

随他意の経典というのは衆生の心に従って衆生の心を説いた教えであるために、仏の心は説いてないのである。したがって、これをいくら読んでも、逆立ちして説いても、戸田城聖が悟ったような「仏とは生命なり」とは出てこないのである。諸経には説かれてはないのだから。つまり、無量義経による戸田城聖の『獄中の悟り』とは誤魔化しという事である。

法華経というのは、釈迦が一生涯に説いた無数の経典である已経・今経・当経の三説に超過している経典であり、また八経に超過する教えなので超八ともいわれる。つまり已とは、(すでに説いた華厳・阿含・方等・般若の四時の経ことである。今とは、今説いて無量義経のことである。 当とはこれから説こうとする涅槃経のことである。法華経はこれら已・今・当の三説の経典には入らない。法華経はそれらに超過した高い教えであるということである。

戸田の理解に反して無量義経、已今当の三説の経典に入るのである。これを戸田城聖は知らなかったのか、無量義経は法華経と同等なのだと誤魔化したのであった。已今当の三説は衆生の欲する心に従って説かれた。つまり随他意の経典なのである。仏の心をそのまま説いた教えである随自意の経典である法華経と並べて同等にしてはならない。一つの本の中の序論と本論と結論なのでこれらは同じことなのだと戸田が作った邪義を構えてはならない。法華経最第一を否定することになるからだ。つまり天に二つの太陽を持たないということである。創価学会は二王を男となす教えを許したが故に日本が危うくなる原因を作ったともいえるのである。

創価学会第二代会長の戸田城聖のように無量義経を悟ってみても、その悟りは法華経の悟りではなくて法華経を同じて下しているが故に、衆生の六道輪廻を所詮は出ることはできない堕地獄の根源の教えなのである。

「法華最第一」を否定して 創価学会の戸田や池田は法然の難

行道を立てた

法華経最第一を否定する法然のような誤れる宗教家たちは、法華経は素晴らしいのだが衆生が理解するのは難しいという点を強調してくる。戸田城聖自身の「人間革命」の中では、法華経は「難しい」として読むのを止めている場面がある。
戸田城聖の著作である「人間革命」精文館書店(昭和32年7月3日発行)の446-447頁。446頁の最後の行には、「法華経を白文で読むことは出来ても、釈尊の本懐はどんなものなのやら、彼に汲み取ることが出来ない。」とある。法華経を難しいと捉えているところが共通点だ。

その難解な法華経を白文で読むのを止めてその代わりに戸田のいう論文の序論である衆生の心を説いた随他意の教え(衆生の心に従って衆生の心を説いたものなので、受け入れやすくわかり易いという意味)である『無量義経』を読み初めたのであった。この無量義経で戸田は 「仏とは生命なのだ」と悟ったわけである。後になって戸田はこの悟りは「法華経の悟り」と同じだと戸田の「人間革命」で誤魔化しのトリックを立てたのであった。

法然が立てた難行・易行とは、法華経は素晴らしいが、衆生が理解するのは難しいと立てたわけだ。これは法華経や日蓮大聖人の御書は難しいが、これを深く正しく理解しているのは池田大作名誉会長であり、会長のスピーチ集は難しい仏法をやさしく咀嚼して世間の卑近な例も取り上げてわかり易く説明・解釈している。その会長のスピーチ集をまず読んで理解してから、その後で難しい法華経や御書を読めば簡単にわかるとしたのと非常に良く似ているのだ。多くの創価学会員はどちらかというとこの支度方便(したくほうべん)の準備であるスピーチ集を師にしてこれを「最第一」にして勉強してはいないだろうか。

創価学会のこの論議は、確かに直接的には法華経や日蓮大聖人の御書を批判してなどないわけだが、よく考えてみるとこれは大変な誹謗にもなっている。法華経は素晴らしいが、一般の人には理解するのは難しいと褒(ほめ)上げて、結局は並べ同じて遠ざけてしまっているわけだ。

念仏法然先生の捨閉閣抛というのも同じ手口である。創価学会では、法華経は高度な教えであるが難しいのでなかなか理解できないとして、戸田城聖が牢獄でしたように法華経を読むのを止めて無量義経から入ると良くわかるのだとしたように、創価学会の第二代会長の池田先生のスピーチ集でよく理解してから難しい日蓮大聖人の誤書を読めば良くわかるとしたことは、「入り角」の違いでしかなくいずれも登る山は同じだというこれまた誤魔化しの論法なのである。それで創価学会の正当化の為に、『獄中の悟り』や『スピーチ集』がでてきたのであると考える。


「立正安国論」の転倒解義 法然先生のトリック呪術が池田創価学会に


池田創価学会が日蓮大聖人の御書を拝しながらも人々を迷わす法然先生のトリック呪術を使うというのはどういうことなのだろうかと考えた。「立正安国論」を拝しても日蓮大聖人の立場(主人)の見解でなくて、念仏法然(客人)の立場」で「立正安国論」を読んでいるのはどうしてかと疑問をもった。これが創価の世界平和運動の理論的根拠となっていて「立正安国論」を学んでいながら、逆に念仏法然先生の主張を学ぶことになってしまっていた。この点の読みにおいて創価学会が主客を転倒(てんどう)させて誤まった法然流の解釈を提出しているのは、有名な池田大作著「立正安国論講義」(日蓮大聖人御書十大部講義 第一巻 立正安国論 昭和41(1966年)年7月3日 創価学会発行)に於いてそれが指摘できる。創価学会は、「立正安国論」での客人の立場で、つまり法然の思想を継承して、仏法を転倒(さかだち)させて理解してしまったと考える。




「立正安国論」が論議される場合にしばしばいわれるのは、この書が日蓮大聖人の平和実現の理論書であるということである。この中で、主人というのは日蓮大聖人の立場であり、客人の主張とは当時の社会に多大な影響を与えた念仏法然の立場のことである。両者に於ける「立正」と「安国」の原理的及び方法論的対立が問答形式で論議されているわけだ。

池田のこの「講義」の箇所の解釈を引用すると、『創価学会の今日の発展、隆昌が恩師戸田城聖会長の獄中での不思議な体験、人間革命、広宣流布への情熱によって決定づけられたことを思いあわすべきである。「法は人に因って貴し」日蓮大聖人の仏法の興隆は、戸田前会長によって決定づけられ、そして今、五百数十万世帯の創価学会員の燃ゆるがごとき信心、広布への決意、幸福生活の実証によって、全世界に、未来永劫に流布していくべき源泉が決定づけられているのである。』(前掲書761頁)。

創価学会というのはこのように法を従にし、人を主にした「人主法従」(にんしゅほうじゅう)の視点から「立正安国論」を読み解釈して独自の仏法を立てた宗教団体といえるのである。これは経典解釈でも同じことで人師の仏教解釈からでた法然の念仏とはまさにそういう人の言葉を主にして経典を従にして読む「私はこう思う」式の私言の法門なのである。

池田が「日蓮大聖人の仏法の興隆は、戸田前会長によって決定づけられ」(前掲書761頁)という時、これは誤れる戸田城聖の『獄中の悟り』という私言によって決定付けられたということでもある。

このことを日蓮大聖人は破折されていたのである。学会員からは会長先生と仰がれた戸田城聖は『獄中の悟り』なるものを夢の中から作り上げたので、これはいわゆる夢中の法門なのである。池田大作の『わたしはこう思う、ああ思う』式のスピーチ提言集というのも法然の使ったやり口と似ているのである。

それは法華経は素晴らしいが難しくて凡人では理解しがたいと立てて、次には、それを本当に正しく理解できるのは法然先生しかいないのだとして、この先生が世間の卑近な例も取り混ぜてやさしくわかり易く噛み砕いて解釈したスピーチ集によって先ず理解すべきで、その次に難しい法華経を読めば容易に理解できますよ。という誤れる筋の手口なのである。

そのために創価学会員は御書をあまり読まずに先生の解説スピーチ集を一生懸命に読んで仏法を理解したつもりでいるが、実はこれは誤りの理解を得て逆に苦しむことになるのである。「立正安国論」によればこれでは世界平和も日本の安穏も無くなり他国から責められるのである。創価学会・公明党の責任は実はこの仏法の誤りにあったということだ。

日蓮大聖人の御書を人師の私言を基として解釈する宗教団体である創価学会の正体とは、つまり日蓮大聖人の御書を学ぶのではなくて、池田会長の言葉(スピーチ)を学ぶ団体だということなのだ。

次に、この日蓮大聖人の「立正安国論」に出てくる、客人の主張である「先ず国家を祈りて須く仏法を立つべし」(前掲書749頁)の箇所だが、この箇所を講義解釈した前述の池田大作著「立正安国論講義」によると、「国が亡び、人が死んでしまったならば、仏法を信奉することができない。まず国家、社会を安定して、しかるのちに仏法をたてるべきであるとの客の言葉である。」(前掲書 761-頁)と、池田の解釈もここでは一応は「客人」の言葉なのだと明言している。

ところがこの箇所は、「日蓮大聖人御書 五大部」(監修 池田大作、編者 創価学会教学部 創価学会発行昭和50年5月3日)では次のように、解説されている。 この「池田大作、編者 創価学会教学部 創価学会発行」の「日蓮大聖人御書 五大部」では不思議なことにこれは「御書」となっているのだが、実際には半分以上の頁数は注釈と解説の文が混在されてでできている著作である。日蓮大聖人の「御書」というタイトルだが、内容は解説書と合本になってできている。つまり池田の解説書と日蓮大聖人の著作物が一本となってできているわけだ。

この著作物で私的な解説を盛り込んでみせた著者は「我々が宗教的信念に基づいて、平和運動を推進しているのは、ここによっているのである。」と、前述の池田大作、編者 創価学会教学部 創価学会発行「日蓮大聖人御書 五大部」332頁)でいっている。この文の、「ここによっている」とは、この直前の文(331頁)によると、同書の日蓮大聖人の御書本文の箇所(本文の30ページの部分)のことで、創価学会の運動論の基本的原理が「ここ」を根拠としていると言っているのである。

つまり「ここ」とは、「而るに他方の賊来って其の国を侵逼し、自界叛逆して其の地を掠領せば、豈驚かざらんや、豈騒がざらんや。国を失い家を滅せば、何れの所にか世を遁れん。汝須らく一身の安堵を思わば、先ず四表の静謐を禱らん者か」(前掲「御書」の本文の30ページ)のことなのであるとしている。

「立正安国論」のこの御文の箇所をもって創価学会の世界平和運動の基本的原理を引き出してきているわけである。しかし、日蓮大聖人の御書を拝するに、この箇所の地の文は「主人」のものだが、「汝須らく一身の安堵を思わば、先ず四表の静謐を禱らん者か」の箇所は、客人の主張として理解すべきであろう。そうするとその前で主人が「若し先ず国土を安じて、現当を祈らんと欲せば、速やかに情慮を廻らし、忩(いそい)で対治を加えよ。」(前掲「御書」の本文の29ページ)といわれていることと矛盾なくつながるわけだ。

創価学会の編者たちの理解には無理な解釈がある。「汝須らく一身の安堵を思わば」の「汝」とは誰のことなのか?それは「客人」のことで「客人よ」といわれたわけある。「主人」が自分の話している文中でもって自分のことを「汝」とはいわないからだ。

当然のこと「立正安国論」は問答形式なので、「主人」に対する対告者である「客人」を指して「汝」といっているのは明らかである。したがって、「汝須らく一身の安堵を思わば、先ず四表の静謐を禱らん者か」(前掲書 )とは、「客人」の立場での主張というものを「主人」が要約して、それを貴方の言われるように「先ず四表の静謐を禱(いの)るべきものなのか」と客人の立場に疑問を呈しているわけである。このように理解するとその前の主人の言葉との整合性も取れるのである。

既に見たように、池田大作著「立正安国論講義」において、「国が亡び、人が死んでしまったならば、仏法を信奉することができない。まず国家、社会を安定して、しかるのちに仏法をたてるべきであるとの客の言葉である。」(前掲書 761-頁)と、池田自身もこれは客の言葉なのだと解釈を下しているわけだ。

日蓮大聖人の「立正安国論」において「主人」と「客人」との間で何が問題になっているのかというと、国土安穏天下泰平の実現には宗教の正邪を判別し誤りを糾すことが先なのか、それとも四表の静謐という(世界の平和・安定)が先なのかということである。これがそのまま日蓮大聖人と念仏法然の立場の相違点でもあったのである。創価学会はこの二つの立場の間で認識が揺れ、ついに「立正安国論」の解釈の次元で誤魔化すことで、法然の弟子になってしまったということだ。

つまり、この「先ず四表の静謐を禱らん者か」の箇所が、「客人」の主張であるわけだが、それを主人の主張だと誤った解釈をしてしまったのが創価学会だということである。この念仏法然に影響された「客人」の主張である先ず四表の静謐を実現させてから、つまり戦争が無くなって世界が平和になった後に宗教の正邪を糾し棟梁を決すればよいという誤まった立場を創価学会は選んでしまったのである。これを世界平和・反戦運動という公明党を出現させる王仏冥合の原理的根拠としてしまったわけだ。

それは創価学会・公明党が平和団体としての活動を正当化させるのに好都合な解釈だったともいえる。誰の眼にも無理があったのである。その無理を隠すためには、この理論の出典となったつまり日蓮大聖人の「立正安国論」そのものを解釈次元で主客倒立させた別釈を創り出す転倒解義が必要であった。こうして摩り替えのトリック(呪術)が会員の絶対的な価値となって、池田大作名誉会長のスピーチによってしか日蓮大聖人の「御書」は正しく理解できないのだと学会員を呪縛したのであった。

そのために創価学会は日蓮正宗の仏法とは合わないのである。日蓮大聖人の御書を基としてではなく、謗法の念仏法然先生の立場を継承する「客人の言葉」でもって創価学会の運動論の基本を立てたのであった。これが創価学会のいう仏法なのである。

「悪魔の法然」と日蓮大聖人は御書でいわれているわけで、それに従えば盲目にされ蕩かされて無間地獄へと連れられていってしまうということだ。それは日蓮大聖人の仏法を信仰しているようだが、実はそうではなくて別のものを拝んでいることになってしまうのである。

そのような誤れる教えを基にした宗教が蔓延すると三災七難・飢饉疫癘(ききんえきれい)という戦争や災害を万里の外より招き寄せてしまうことになるわけだ。(本文の初出 /2011年9月4日 )


福島原発の「宗教的原因」 戸田城聖の遺訓を破る創価学会 放射能汚染問題の根本原因

創価学会・公明党はその思想的創立者の一人であった戸田城聖の遺訓に従って日本の原発をサタンの所作として批判しなければならなかった筈だ。しか し、「反核・反戦」から「不戦の戦い」の運動論へと展開する中で、次第に原発を核の平和利用と捉えかえて放射能汚染や原子力発電基地建設には反対をしてこなかった。戸田城聖の遺訓は破られた。これが福島原発事故の宗教的・政治的な根本原因である。創価学会・公明党の失策だったと鑑みる。他党や他の宗教と異なり、この創価学会・公明党は戸田の遺訓である昭和32年9月8日 の「原水爆使用者は死刑に」と題した横浜三ツ沢競技場で開催の青年部東京第五回体育大会での講演の思想後継の体現者である。これを創価学会・公明党は本来ならば恩師第二 代会長の遺訓の第一としなければならなかったのである。