ラベル マグレブ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル マグレブ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2014年1月11日土曜日

「フランスの人種差別(ラシズム)」 杉山光信論文  「 講座 差別の社会学 第3巻 現代世界の差別構造(栗原彬 編集 弘文堂 平成9年)」所収を読む

現代世界の差別構造(栗原彬 編集 弘文堂 平成9年 講座 差別の社会学 第3巻)所収の「フランスの人種差別(ラシズム)」 杉山光信論文での社会学者ヴィエヴィオルカの聞き書きした婦人たちとは極右派の国民戦線(FN)のペンの支持者たちのことではなかったかと思えるのだ。
現代世界の差別構造(栗原彬 編集 弘文堂 平成9年 講座 差別の社会学 第3巻)所収の「フランスの人種差別(ラシズム)」 杉山光信論文では、問題としての「郊外団地」を扱っている。その書き出しには、「マグレブ諸国出身の外国人労働者の存在がフランスで社会問題と意識され話題になるのは、一九八〇年代初めのことである」(187頁)とある。また、「かってはフランスにやってきた外国人をフランス社会に同化させ統合していった共和国の諸メカニズムが近年になってにわかに機能しなくなった」(198頁)として、たとえば、「外国人労働者たちは、このようにいったん労働者コミュニティという下位文化に組み入れられ、ついで学校などの回路を通じてフランス社会へ統合されていったのである」と見て共和国のこの統合メカニズムが機能しなくなったのだと見ているようだ。

だから「マグレブ諸国出身の外国人労働者の存在がフランスで社会問題」になったと表現しているのである。今のフランスでならば、してはならないラシズム的な表現なのである。それは学問の研究においてなら許されることとは思われない。そういう人種差別問題への感性が不足した文章である。もっとも杉山氏は「人種にまでその根がさかのぼると信じ込まれている習俗の違いと文化的差異とは、じつはマグレブ系の人々が貧困で、よく組織されていなくて、十分な制度的な枠組みを欠いている」…これが、「本当の理由をもつのである」(197頁)と独自の回答を用意している。

しかし、これを社会問題とするのは誰なのか。一般的なフランス社会全体がそうするのであればフランス人全体が人種差別主義者となるだろう。そういうことはあり得ない。「マグレブ諸国出身の外国人労働者の存在がフランスで社会問題」というのはおかしいのである。例えば極右派の国民戦線(FN)のル・ペンを支持する人々がそう主張したとしても、それがフランス人の総てではないからだ。フランスでは彼らの存在をさして社会問題だとは絶対に言わないのである。人種差別の言動になるからだ。

杉山氏はこのマグレブ移民の住む地区をさして、「新しいタイプのスラム地区」「問題をはらむ郊外」と言っているようだが、そこにはフランス人は全然住んでいないのだろうか?栗原氏は移民地区で起こった「砂糖菓子やスニーカーをいっぱい抱えた幼い子供の姿」がメディアの映像で流されて、これを見たフランスの人びとはなにを思うのであろうか」と書いているわけで、この映像は他人事なのである。つまりフランス人自身の問題ではなく移民のことなのだとした杉山氏の視点であるわけだ。はたしてこれは現代のフランスを見るときの正しい見方なのであろうかと私は疑問に思う。

勿論のこと杉山氏が指摘する、「スカーフ事件やハラール肉問題などを通じマグレブ系の外国人労働者の存在が可視化されることが多くなる」というのを私は否定しようとは思わない。しかし誰がこの可視化を行なっているのかは言うことが必要だと思える。フランス人全員がそうしているわけではないだろう。

つまり杉山氏は社会学者ヴィエヴィオルカの聞き書きをもとにして、フランス人がマグレブ人を見ている意見をここで引用して提示している。だからこの社会学者が引用した人々の政治的立場を明かす必要があったと思える。これはフランス人全体の意見ではないからだ。

その引用文は、「外国人労働者の子供たちは放ったらかしにされてまるで獣とおなじなのよ」。「かれらはバスに座ると空席に足をのせて物を汚す。」「あの子たちは今は地下室で遊んでいるけれど、もう数年たったらサッカー・ボールでシュートするでしょう。もっと後では地下室で抱き合うにきまっているわ」。彼らは恐怖の種をまく。逆らわないにこしたことはない。「みんな仕返しをこわがっているのです、自動車に傷をつけられるとかの」。彼らがいると「フランスはごみ箱です。私たちはごみをあつめさせられているのよ」。…なのだと杉山氏は引用しているが、問題はこの発言をした人たちはどういう筋の人たちなのかということである。それを杉山氏はここで明示すべきであった。

フランス人が総てこうだとはとても私には思えないからだ。しかし杉山氏は「この言葉はミュルウーズで集められたものだけれど、話の雰囲気や内容はフランスのどこでも聞かれるものなのだ」(189頁)「大都市の近郊の団地やさびれた工業地帯に外国人労働者たちの吹き溜まりのような問題の地区があり、他方でフランス中どこででもこんな差別的な話しがかわされる状況がある」と言っているのである。

しかし私にはこのような会話をフランス人全般の意見だとして認めていることがラシズム的な視点だと思えてならない。

フランス共和国には人種という言葉は存在しないことをオランド仏大統領は最近宣言している。勿論それは憲法上の理想ではある。しかしフランス人はマグレブ諸国の人々が住んでいる地区だからといってフランス人とは異なる見方をしないのである。それが共和国の思想であり精神だからだ。一般的にはこのような解釈や見方をする人をさして人種差別する人として嫌っているわけだ。その点では杉山氏が指摘する、一九八三年の地方選挙の時期になると「二〇〇万人の外国人労働者、二〇〇万人の失業者」と叫ぶジャン=マリ・ルペンの国民戦線は多くの支持票を獲得することになる」と書いていることは理解できることだ。しかし選挙票の獲得の為に、政治家がフランス人の意識下に眠る人種差別を利用し、共和国の精神に反した政治行動がなされる可能性は指摘されるべきであろう。フランス人はいつでも誰でもが慢性的にマグレブ諸国の人々に不満を抱いているわけではないはずだ。

つまり杉山氏がルペンの「いいたかったこと」として指摘しているように、「二〇〇万人の外国人労働者、二〇〇万人の失業者」というのは、「いうまでもない」としながらも、「外国人労働者がフランス人の雇用をうばっているのだから」(194頁)とルペンのこころを解釈してみせている。しかしルペン氏はそれを言ってはいないのである。どうしてなのか?それはルペンのような人でもフランスでそれを言えば差別となることを知っていたからである。

杉山論文の結論は、「こう見てくると今日のフランスの人種差別といわれるものは、なにかある統一性のある現象であるようには見えない。これまでうまく機能していた共和国的諸制度の終焉、またその背後でのポスト工業社会への移行にかかわる一連の要素から生じたものが収斂し融合しているもの、しかしそれだけに根の深い問題なのである」(202頁)となって、よくわからない不明瞭な表現となっていると思える。

ただ本論文では明確には指摘はされてないが、「このような人々に国民戦線の人種差別的な言説が支持されているのである」(202頁)という箇所の「このような人々」とは誰なのかと考えると、それは189頁までさかのぼって、社会学者ヴィエヴィオルカの聞き書きとして杉山氏が引用した婦人たちのことではなかったかと思うのである。つまり極右派の国民戦線(FN)のペンの支持者たちのことではなかったかということだ。そしてその婦人たちの意見とはフランス人一般の意見ではなかったのだと思える。


【参考記事】
http://franettese.blogspot.fr/2014/10/blog-post_15.html

龍を訪ねて パリの不思議な「順化公園」 人種差別時代の痕跡留める「人間動物園」



2012年4月11日水曜日

サルコジ大統領、トゥールーズ・イスラム主義テロ殺害青年の射殺で、ジャーナリストに答える 「これを私が仕組んだとでも思っているのだろう」


サルコジ大統領の6日の記者会見の模様がユーチューブ(YouTube)に掲載されている。画像の(1:18:35~の箇所)で、ジャーナリストが最後の質問としてモントーバンとトゥールーズで起きたイスラム主義テロ殺害事件で射殺されたアブデル・メラ青年に関しサルコジ氏に、「権力の力を示したのか?」「ストラテジーだったのか?」と質問している。この質問に答えたサルコジ氏は、「これを私が仕組んだとでも思っているのだろう」とジャーナリストに逆に問い返している。問いすなわち答えなりとはこのことかもしれない。http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=0NOlEadAJSs#!

この4月6日の記者会見には他にもメディアパートのジャーナリストが質疑したサルコジ大統領の7部屋あるデファンス地区近くのセーヌ中洲のグランジャット島の豪華アパートの購入資金の出所が国民議会から出されているがその金額が超過していることなどが糾されている。あまり報道されてないが重大な質疑応答があった。メディアパートのジャーナリストの質問には、サルコジは当時この審査を行なった時代1995年から1997年は左派であり議会は左派であったのだと答えている。画像の(1:03:  辺りの箇所)を参照。ジャーナリストの集まった会場は、この時に一瞬騒然となったが、サルコジは口をへの字に曲げながらそわそわしていたが、ここでも嘘をついて誤魔化し通した。

1995年5月18日にサルコジと同じ党派の国民運動連合(UMP)のアラン・ジュッペ内閣(現ボルドー市長)が誕生し1997年6月2日まで続く。1997年6月4日にリヨネル・ジョスパン仏社会党議員がコアビタションで2002年5月6日まで首相をした。

苦し紛れにメディアパートのジャーナリストに答えたサルコジ氏の返答は誤魔化しであったのだ。

【参考記事】

Conférence de presse de Nicolas Sarkozy - Lettre 

aux Français




2012年4月4日水曜日

社会学者が仏内相のイスラム説教師イマム排斥にコメント これはトゥールーズ・メラ事件の煙幕と

社会学者でサラフィストの専門家であるサミール・アムガァー氏は、2日に発表されたクロード・ゲアン仏内相(前エリゼ大統領官邸書記総監)によるイスラム過激主義と目される3人のイマムの排斥というのは、大統領選挙のために、トゥールーズとモントーバンでの連続殺害事件でフランス情報局の失策を忘れさせるためのものであったのではないかと見ている。10日、左派系知識人を多く読者に持つリベラション紙fr.が報道している。

2012年4月2日月曜日

トゥールーズ連続テロ殺害事件 仏特殊警察の「操作」「片付け」をアルジェリア人弁護士が告訴

フランス南西部地方で起きた3月中旬のモントーバン・トゥールーズ連続テロ殺害事件で計7人の犯行者となったアルジェリア人青年モハメッド・メラ(32歳)は、フランス警察のエリート部隊である特殊警察の32時間に渡る長期介入の末にトゥールーズの自宅で殺害された。が、これを同青年の父親は、「片付けられた」として仏裁判所を訴えていることが1日に明らかにされた。近く弁護士がフランスを訪問する。

2012年3月18日日曜日

アルジェリア独立50周年 ルモンド紙上で戦争中の拷問と軍隊を考察

2000年6月にアルジェリア戦争中の拷問を考察する論議が再度打ち上げられてルモンド紙にそのルイセッテ・ルギィラリズ氏の証言が掲載される。2000年12月には、エコールノーマル高等師範学校出の青年ラファエル・ブランシュ氏の「アルジェリア戦争中の軍隊と拷問」、軍隊と指揮官の不法行為を書いた歴史学博士論文が支持された。

2012年2月6日月曜日

ゲアン仏内相、「我々の文明」「自由・平等・博愛」を擁護、イスラムを認める社会党を批判

2月5日、「総ての文明、総ての実践、総ての文化は、我々の共和制の原理から見ると、価値がない」と、クロード・ゲアン仏内相(前エリゼ大統領官邸書記総監)はラジオ・フランス・アンテールで繰り返した。「総ての文明が価値があるのでない」ことを再確認しているという。4日の法学部学生協会(UNI)の組織した討論会での話しでも同様な発言があったらしい。ゲラン内相はそこで、「総ての文明は同じ価値がなく」、「我々の文明を保護しなければならない」と、フランスの文明を擁護して発言した。

2011年12月13日火曜日

チュニジア大統領にモンセフ・マルズキ氏が正式任命

12月12日、チュニジア議会はこれまで独裁者ジン・ベンアリ前大統領と歴史的闘いを展開してきた臨時大統領を務めたモンセフ・マルズキ氏が正式に投票で賛成53対反対3、危険44で大統領に任命された。

2011年12月10日土曜日

スペインのエルパイス紙でアルカイダ誘拐の仏人写真公開、サハラ侵略にサルコジ名をアップ

12月9日、スペインのエルパイス紙はアルカイダ系非合法組織から電子連絡を受け送られてきた写真を掲載した。「我々はフランス秘密情報局のために働いていた2人のフランス人のフィリップ・ベルドン氏とセルジュ・スロボダン・ラザレヴィック氏を11月24日に誘拐した」と声明している。同様に他の欧州人3人をトンブクトウで捕まえたことを書いてきた。この手紙の中に直接にニコラ・サルコジに宛てた箇所があるとしてルモンド紙が引用している。ニジェール(Niger)北部のアルリット(アレバの露天ウラン採掘所)で誘拐されたままでいる仏人4人のアレバ職員と、今回の2人の仏人の誘拐では、君に全責任があるといった挑戦的な文章だ。仏のサハラ資源の侵略を問題にした誘拐のようだ。

2011年12月4日日曜日

エジプト議会選挙: イスラム主義が躍進、イスラム同朋団が穏健主義を宣言

エジプト議会選挙の第一回目の投票結果は12月3日の中間開票結果では、40%が正義と裁判(PLJ)党を含むイスラム同胞団(フレール・ミュズルモン)が獲得し、イスラム主義議員も約20%から30%の高得票となっていると発表された。イスラム同胞団のスポークスマンであるマムード・ゴズラン氏は「我々はイスラム・サントリスト(中央)で穏健派である」「権力を押し付けない」と宣言した。チュニジアのエンナダ(Ennahda)党モロッコのPJD党の勝利に次ぐものとなった。

2011年12月3日土曜日

カダフィ大佐の娘の訴え、NATO側を「戦争犯罪」で国際刑事裁判所(ICC )に訴えると以前に宣言


Interview de Aïcha KADHAFI diffusée le 30-06-2011 par inet
※ (動画がブロックしている場合や削除されている場合には、↓こらの箇所からご覧ください)
http://www.dailymotion.com/video/xjms9o_interview-de-aicha-kadhafi-diffusee-le-30-06-2011_news


5ae3d2dcb771b687fdf6f6a5979472f3.jpg


現在問題になっているコートジボワールでの大量殺戮でバグボ前大統領と新大統領のアラサン・ワタラ(Ouattara)が共に、オランダのハーグの国際刑事裁判所(ICC-CPI )に訴えられているが、2011年11月末になって国際社会の働きかけからか、バグボ側の裁判が急激に進んでいる。デイリーモーション(Dailymotion)版ではこのICC-CPI にフランスを訴えるとアイシャさんが触れている箇所がビデオの最後の方に掲載されている貴重な記録なのでここに掲載した。

中でも、アイシャさんはフランス人空爆パイロットの心境を想像して語り、「サルコジはリビア人を殺せば殺すほど大統領選挙で勝利できる」と考える大統領を喜ばせたいのだろうか?というくだりは彼女の真意が語られていて圧巻だ。

インタビュー終了まぎわには、殺害された弟の写真や北大西洋条約機構軍(NATO)の爆撃で殺害されたリビア市民の写真を提示させながら、アイシャさんは「フランス人の弁護士を立ててリビア人殺害と自分の5ヶ月になる子供のNATO爆撃殺害を、ICC-CPI に戦争犯罪で訴える決意を語っていた。また自分の父親のカダフィ大佐がICC-CPI で裁かれることは信じられないことだとも語っている。

現在、これらの動画の版が一緒に見られないのは残念である。アイシャさんを6月29日夜に、首都トリポリで直接に取材したフランス国営放送テレビA2特派員サマ・スーラさんのインタビューは、フランスでの放映は30日夜のニュースで報道された。


  1. Dailymotion - Interview de Aïcha KADHAFI diffusée le 30-06-2011 ...

    www.dailymotion.com/.../xjms9o_interview-de-aicha-...27 sept. 2011 - 4 mn
    Interview de Aïcha KADHAFI diffusée le 30-06-2011.






Interview d'Aïcha Kadhafi sur France2 30/06/2011 - YouTube

www.youtube.com/watch?v=XLGvA0nBKUo30 juin 2011 - 4 mn - Ajouté par LeFlorentin
Interview d'Aïcha Kadhafi sur France2 30/06/2011. LeFlorentin 78 videos. Subscribe Alert icon Subscribed ...


カダフィ大佐の娘アイシャ・カダフィさん(35歳)の重大な発言を紹介する。アイシャさんはどうしてサルコジは私の父や兄を殺そうとするのかわからないと、フランス軍パイロットの空爆をその婦人や母親たちに問い糾している。私はすでにこの空爆で息子の一人を失った。婦人たちのパイロットたちは、リビア側市民を守らない。彼らは私の子供たちや私の人民を殺害している。それはどうしてなのか?リビア人を多く殺せば、来年の大統領選挙でより勝利できると信じているサルコジを満足させるためなのであろうかと語った。(JST  11/07/03/10:20)



フランス国営放送A2のリビア特派員サマ・スーラさんが2011年6月29日夜に首都トリポリで直接にインタビュー取材したものでフランスには30日夜に放送された。


アイシャさんはフランスで勉強をしていてフランスのすべてを尊敬しているが、どうしてサルコジ大統領が急に、父や兄を殺そうとするようになったのか理由がわからないと弁護士の彼女はA2のインタビューで発言した。

カダフィ大佐の国外退出要求に関しては、あなたがたは父親にどこにいけというのだろうか?ここが父の国であり、彼の国土であり、彼の人民である。父親はリビア人民のガイドであるといっている。

みなさんが理解できないことの一つに、私の父親はガイドであり象徴なのだということがあるのだと繰り返し述べている。

アイシャさんは大リビア・アラブ社会主義人民ジャマヒリヤ(人民主権の直接性民主主義国家)でのカダフィ大佐が公職権力をもたないことを語ろうとしたようだ。インタビューはチュニジアを祖国にもつサマ・スーラさんによってなされたがフランス語の翻訳がついた。

追記:2011年12月3日に当初から本稿に掲載されていた動画(www.youtube.com/watch?v=XLGvA0nBKUo)が削除された。そのために(http://www.dailymotion.com/video/xjms9o_interview-de-aicha-kadhafi-diffusee-le-30-06-2011_news)の動画を配信した。この版では現在問題になっているオランダのハーグの国際刑事裁判所(ICC-CPI )のことが触れられた貴重なものだ。そこで愛車さんはフランス人の弁護士を立ててリビア人殺害をICC-CPI に訴えることが述べられている。また自分の父親のカダフィ大佐がICC-CPI で裁かれることは信じられないと語っている。

現在、この二つの版が一緒に見られないのは残念である。


【参考記事】

カダフィ大佐の娘の訴え サルコジはどうして父や兄を殺そうとするのかわからない


http://franettese.blogspot.com/2011/07/blog-post_1844.html

2011年12月2日金曜日

英米在住リビア人をスパイ傍受、カダフィに売った仏情報機器会社が暴露

 反リビア体制のメンバーとして英国と米国に亡命していた6人は、リビアのカダフィ大佐に売られた一瞬にして介入し制御できる監視のコンピューター・システム機器と同じ機器によって、傍聴スパイされていたことがわかった。この機器はフランスのノルマンディのレンヌにあるビュル(Bull)系列のアメジェス社の製品だ。12月1日、ジュリアン・アサンジ氏の主催する米内部告発サイトのウィキリークスと提携するフランスのオウニィ(Owni..fr.)が暴露した。

2011年11月24日木曜日

リビア新政府成立に 地方少数派人民が反対・批判

リビアの新政府が成立され米国や中国も祝福しているがリビアの地方人民からは自分たち少数派が異端視されたという批判が起こっている。これら先住民族の人々は新政府を認めないとしている。それが国の安定に脅威を煽っているらしい。ベルベル人たちは自分たちの代表が新政府の中に代表されてなくて排除され、自分たちのリビア革命への貢献が軽視されたとしている。地方人民はベルベル人とリビア人にとりあえずリビア暫定政権国民評議会(NTC)と暫定政府への協力を凍結するように呼びかけている。

2011年11月23日水曜日

オカンプ(ICC) 検事はリビアを訪問、カダフィ大佐の息子の裁判をリビアで認める



23日、オランダのハーグの国際刑事裁判所(ICC )のルイ・モレノ・オカンプ(ICC) 検事はリビアを訪問した。必ずしもカダフィ大佐の二番目の息子セイフ・アル・イスラム氏をオランダのハーグの国際刑事裁判所(ICC-CPI )で裁く必要はないことをのべた。

2011年11月22日火曜日

22日のカイロ大集会に不参加を宣言、エジプトのムスリム同胞団系「自由と正義の党」が

エジプトの首都カイロのタハリール広場では21日から22日にかけて2人が死亡した。19日からでは30人ほどが軍部との衝突で死亡している。リビアでもっとも統制の取れている政治集団はムスリム同胞団系の一つ「自由と正義の党」である。同党は22日に予定されている軍部失墜を要求する大集会には参加をしないことを発表した。

2011年11月20日日曜日

サルコジが開始した「リビア戦争の理由はわからない」と、仏哲学者のアンリー・レヴィー(BHL)

フランスのサルコジ大統領と共にリビアのムアマル・カダフィ大佐への空爆を企画し推進した仏哲学者のベルナール・アンリー・レヴィー(BHL)が、リビア戦争をふりかえって自分の行動をアンドレー・マルローに二重映しにして著した本「La Guerre sans l'aimer」(戦争を好まない戦争)グラッセ社の周辺を11月19日ラジオ・フランス文化(france culture)で語っている。このリビア戦争をどうしてサルコジが突然に開始したのかの理由は、またこの戦争を直ぐに受け入れたのかの理由は、「自分(レヴィー)は不思議なことだがわからない」「その疑問を自分は彼(サルコジ)に問わなかった。それが唯一の彼に問わなかった疑問であった」と語った。

La Rumeur du monde
Emission La Rumeur du monde
le samedi de 12h45 à 13h30
Ecoutez l'émission43 minutes

2011年11月19日土曜日

エジプト革命広場で軍支配に抗議しイスラム同朋団など5万人集会、次期の政党集団の萌芽も




18日に5万人以上のエジプト人を集めて軍隊支配に抗議した集会は17日夜からはじまった。舞台は今年2月11日にエジプトの独裁者ムバラク元大統領を倒し革命の源流となったカイロのタハリール広場だ。集会では、軍隊による国の支配を市民の手に一刻も早く引き渡すよう要求している。注目すべき事は自由主義市民側と正義のイスラム同朋団側とが団結して行われた集会だが、少数派の多くの集団もそれぞれのグループを作って抗議がなされていて、そこに今後のエジプトの政党集団結成の萌芽が見られていることだ。

2011年11月14日月曜日

リビアのカダフィ大佐の「殺害現場」、生け捕り後なら「戦争犯罪」


http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=dy1dsO-jKd0&skipcontrinter=1

生き捕りされて裁判も受けずに殺害されたことは戦争犯罪になる。リビアのムアマル・カダフィ大佐の殺害現場(10月20日)を写した新フィルムがYouTubeで掲載されていて、左派系の週刊誌ヌーベル・オブセルバトワールfr.などでも掲載されているので紹介したい。敗走する四駆数台をブロックするためだとランゲ国防相はして北大西洋条約機構軍(NATO)の要請でフランス空軍のミラージュ戦闘機を送ったといっている。車は焼け焦げになっていてその近くで撮影された模様。

2011年11月12日土曜日

ニジェールが「人道」で、リビアのカダフィ大佐の息子の「亡命受け入れ」を発表

ニジェール(Niger)のマハドゥ・イスフ大統領は11日、リビアのムアマル・カダフィ大佐の息子で事業家でサッカー選手のサディ・カダフィ氏の亡命受け入れを人道的な理由で決めたと南アフリカ訪問で発表した。長男のセイフ・アル-イスラム氏については現在行方が不明であるがニジェールにはいないとしながらも、今後、民主主義の上から、国際社会の合意や法律的な可能性を考慮しながら協議するとも同大統領は話している。

2011年11月5日土曜日

ヒューマン・ライツ・ウォッチ、リビア支援のベルギー銃器会社契約を暴露

カダフィ政権に軽銃器の販売をしていたベルギーの国営エルタル(FN Herstal)社の販売契約書を8月末にNGO国際人権組織のヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch)がリビアの首都トリポリで入手していたと、ベルギーのル・ソワール(lesoir.be)紙が暴露した。

エルタル社は欧州初のセミ・オートマ拳銃BrowningM1900の製造で有名でベルギーのフランス寄りワロン地方国家が100%所有している。

2009年5月15日に軽銃器をコンポ配送していた。しかしこの武器販売契約の公式な輸出許可をしたのは2009年の6月8日の議会選挙の後で、ワロン地方のルディ・デモット大臣の署名がなされている。エルタル社側では間違いなく契約ができるものとして配送の準備をしていたのだといっている。

8月末にヒューマン・ライツ・ウォッチの緊急使節団の責任者であるペーター・ブッケールト氏が故カダフィ大佐の7番目の末っ子が支配する地区の司令本部の建物から弾薬が抜かれた武器の入ったケースと12ページに渡る英語とフランス語で書かれた売買契約書が見つかった。

契約金額は12.18200万ユーロ(約1300億円)であった。当初の発注予定では2010年-2015年に116億円があったが途中でロシアへ注文が移ったらしい。ワロン議会での決定も不確かな時期でもあり、輸出国相手が独裁者のリビアであることから武器商売の在り方が問われている。

カダフィ大佐が10月20日に北大西洋条約機構軍(NATO)とフランスのラファール戦闘機が攻撃する中で逮捕され直後に殺害されたが、その時に所持していた黄金のピストルの契約記載もこの12ページの書類にはあった。

フランスでも同様な事件があった。サルコジ派の仲間で武器商人のレ バノン人ジアド・タキエディン(Ziad Takieddine)がカダフィ大佐を守るために、探知電波を跳ね返す超安全防御の四輪駆動車(市価4百万ユーロ、約4億4千万円)をフランスの電子機器専門のビュル・アメネジィ(Bull-Amesys)社に調達していた。これを2011年9月18日の左派系のインターネット新聞社メディアパーが暴露している。

この契約書にはサルコジ大統領の署名があるというが、フランス通信(AFP)の確認によると大統領はこれを拒否しているといっている。

ビュル・アメネジィ(Bull-Amesys)社製の車は半径100メートルに及ぶ範囲の磁気探知機を機能させなくさせる装置を備えているという。

これによりカダフィ大佐は爆弾の中でも行動ができることになっていたことがわかり、長らくカダフィ大佐の消息が不明になっていることを仏国営ラジオやテレビが毎日報道していたが、その原因がわかった。






2011年11月2日水曜日

マホメット風刺画の仏新聞社に火炎瓶、イスラム法シャリアの記事に関連?

パリ20区ダブー通り62番地にある社会風刺の絵の多い週刊新聞チャリー・ヘブド本社が2日01時00分ごろに火炎瓶が投げられて火災になったと朝の仏国営ラジオ・フランス・アンフォが伝えた。2日に出る特集号のタイトルは「シャリア ヘブド」というもので同紙の名前をダブらせたもの。同社は2006年にシャルブ(Charb)氏がマホメットの風刺画を描いて有名になっていた。

左派系知識人を多く読者に持つリベラション紙fr.によると、火事はおさまっていて負傷者はなかった。火炎瓶が投げ込まれた一階が全焼し二階も焼けた。

2日のヘブドーにはリビアのベンガジ反体制の国民評議会(NTC)とチュニジアの議会選挙で勝利したアンナバ・イスラム主義党の議会制度の思想的な源泉となるシャリア(イスラム法)について説明してあるためにこの報道と火炎瓶との事件は関係があるとヘブド側では見ている。

編集室のコンピューターは焼け、電気系統は溶けてしまっている。しかし、2日に刊行する号に関しては同紙は紙面が新聞販売店やキオスクに出せるといっている。

不思議なことにリリアン・ベッタンクール事件でルモンド紙をスパイ盗聴した秘密警察の事件では最高幹部が自腹を切ったかたちとなったようだが、同紙の火災現場にはゲラン内相(前エリゼ大統領官邸書記総監で元警視総監)が顔を出して、メディアの自由を擁護すると発言したことをフランスのテレビは報道した。