(パリ=飛田正夫2016/04/21 14:47日本標準時)ドイツのための選択肢Alternative für Deutschland(AfD)は反欧州・反ユーロの競争の無い均質経済圏のユーロ改革で金融連帯を目指す党で、ポピュリスト保守陣営だが、その責任者の一人ベアトリックス・ヴォン・ストルチ(Beatrix von Storch)さんは16日に、「イスラムはドイツ憲法に合致しない」と発言しイスラムを表現する寺院やミナレ(尖塔)などのシンボルに対し不平を吐いた。これがドイツだけでなく欧州からも批判されて問題になっている。同党は反難民・反ヨーロッパ・反イスラムを提唱しているが、今回の発言に対してメルケル首相は、イスラム教徒はドイツに溶け込んでいると発言しAfDを批判しイスラム教徒を擁護した。
2016年4月21日木曜日
ドイツの反イスラム・反難民のAfDをメルケル首相が批判 イスラム教徒を擁護
2016年3月29日火曜日
復活祭前にパキスタンでキリスト教徒を狙ったと仏メディア タリバン自爆テロ犯行声明
(パリ=飛田正夫 2016/03/29 9:08日本標準時)3月27日に起こった自爆テロでは70人以上が死亡。 数十人が負傷した。犯行声明がパキスタンのタリバンから出ている。パキスタンのラオル(Lahore)でイースター(復活祭)の前日の為にキリスト教徒が狙われたと仏メディアが報道。子供の遊園地に集まっていたイスラム教徒の被害が多かった。
2014年8月18日月曜日
ガザ地区の戦争の中 ユダヤ女性とイスラム男性の結婚式にイスラエルで抗議デモ
8月17日、イスラエルのテルアビブでユダヤ人女性とイスラム人男性との結婚式を200人の極右派がこれを妨害しようとしたのをイスラエル警察が阻止した。マルカさんは結婚式前にイスラム教徒に改宗したことで抗議者のユダヤ人からの批判の対象にされ「アラブは死ね」と抗議する叫び声が上がっていた。イスラエルにはアラブ人が20%ほど住んでいて、そのほとんどはイスラム教徒である。異教徒と結婚する場合には、批判が多いために国外で行うことが多い。この抗議はガザ地区での戦いを背景にしたイスラエルにおけるアラブ人社会とユダヤ人社会の対立を物語っているとヌーヴェル・オブセルヴァトゥアール誌は指摘している。
2014年5月23日金曜日
仏トゥールーズから姿を消したメラの妹は アサドと戦うシリア聖戦に出発
モハメッド・メラの妹がトゥールーズ警察の監視下からしばらく前に姿を消していたことが5月23日に報道されている。彼女は兄の聖戦主義者活動を支持していることなど、兄メラの殺害事件に誇りを感じていることを発言していたことがテレビで撮影されていて、警察はメラ事件との関連で調べていた。彼女はシリアのバッシャール・アサドと闘うために現地に夫と共にトゥールーズから出発していると21日のRTLで報道されている。
2013年12月14日土曜日
【ルポ】モンサンミッシェル修道院 僧侶と語る悪魔・天使・ホモ結婚・神・イスラムなど
第一回
| モンサンミッシェル修道院の夕暮れ.。海の引いた砂浜がシルエットのスクリーンになった。撮影は筆者。 |
「私はここのサンミッシェル像が嫌いだ」と大きなメガネが顔面を覆った高僧のニコラ師はついに口に漏らした。誰も天使など見たことがないし、みんな夢の中で見るので天国の門を守るというサンミッシェル(ミカエル)の天使像も様々である。
ここの本堂にある15世紀の木彫は天使ミカエルが悪魔の竜を足蹴にして長槍で突っついているのでそれが嫌いなのだという。
青年僧のセバスチャン師は、「本堂のものは悪魔の竜をいじめているのであって、もっと凄いのは高さ140メートルの尖塔に置かれたサンミッシェル像である」と言った。剣をかざし竜を退治しているからだという。
これは、「本堂のものよりも更に残忍なものだ」と語った。どうもカトリックの僧侶たちはモンサンミッシェル修道院の天使ミカエル像が好きではないようだ。もっとも竜は中国では神秘な架空の神であるがキリスト教では悪魔(サタン)として扱われている。中国人が最近、モンサンミッシェル修道院を嬉々として観光訪問しているのには理解できない。日本での竜の扱われ方や理解のされかたは詳しくはわからないが、天皇家の神話にも竜女の系譜があるようだ。
| 青年僧のセバスチャン。これから砂漠に出かけるのだと私に言った。 |
同僧は「それはそうです」と以外にも簡単に私の意見に同意を示したが、彼は「神こそが測れるのです」と自論をくり返している。そこでは秤りは必要でなくなっているのである。それでも天秤を手に持って人間をあれこれと量かろうとしているということは、天使や神ならば量れるという傲慢な意思があり、実は彼らが量られているのではないか?と、私は続けて言おうとしたが理になお惑っているのだと思いやめた。
2)僧侶のホモ結婚に反対する理由
この秋にフランスは、ホモ法案にカトリック教徒が大反対する中で、同性愛者(ホモ)の結婚を認める世界で14番目の国になった。筆者が、「キリストというのは試験管ベービーであり、拾い子の養子だったのかも知れない」と言うと、ニコラ僧は少し考えてから、「そういえるかもしれない」と目を輝かせ両手を顔の脇に挙げて驚いた表情で答えた。これには、後悔したのか後日これを否定してきた。
| モンサンミッシェル修道院の僧侶は忙しい。フランスや欧州だけでなく世界各国から訪問客がある。その応対やセミナーを僧侶を中心に行なっている最中。この空間は南側斜面の太陽のあたるヴァビロンの空中庭園のような良い場所にあった。 |
ホモ法案反対デモでは、カトリック教徒たちは「子供には一人の母親と一人の父親を持つ権利がある」と掲げた横断幕をかざしていた。しかし世の中には生まれながらにして親のない子供は多く、事故や死によって両親を失った子供は多いのではないかと話すと。草履から裸の足を出して寒そうにしているセバスチャン僧は、「それは理想なのであって、二人の母親は認めない。反対なのだ」と答えた。
キリストの出生に関し質問すると、「三位一体説は三世紀頃からあった」という。マリアと言う実在する母親からキリストは生まれたが、父親ヨゼフとの間には家庭生活を認めない。認めれば人間を両親に持つ普通の子供になってしまうからなのか。
| ここはモンサンミッシェル修道院の大階段を登る左側(上の写真では奥の開いた扉の所)が僧侶の住む空間の入り口になっている。直ぐ螺旋階段が上階に続いていて僧侶たちの部屋がある。聖画が置かれていて接待室となっている。最近修復がなされ石が白く綺麗になっている。その修復の間は村の下方にある巡礼者のための宿泊所が僧侶たちの仮住居になっていた。 |
ホモの子孫を認めることはキリストと同様にして生まれてくる子供のことであって、これでは神を多量に創りだすことになる。それで反対しているのではないか?セバスチャンン僧はこれには答えなかった。
3)キリスト教徒はイスラム殺害の十字軍を後悔
あらゆる道徳・宗教の根源は人を殺さないということだと思うが、なぜキリスト教はイスラム教徒の殺害を許す十字軍遠征をしたのか?と質問した時ほどニコラ僧の悲しげな顔を見たことが無かった。ニコラ僧は大柄な体躯を小さく丸めながら、「遠い昔の歴史のことは良くわからないけれども」と言って話し始めた。
| ニコラ僧は部屋を案内してくれた。写真は玄関下に降りたフロワーから左奥を撮ったもの。左奥に食堂兼集会室がある。その手前は食料置き場が右で左側が現代的なキッチンとなっていた。料理は当番制だという。 |
「今のキリスト教はそれを許してはいないのです」「ジャンポールⅡ世がこれを後悔して謝罪しているのです」と答えた。私はそのことを知らなかったので非常な驚きであった。
キリスト教文明が自己を完全な善として他を悪として差別し処罰する殺害意欲を私は危惧していたが、このような僧侶の人種差別や異教徒殺害への自己批判の言葉を聞くことは余り馴染みのないことであった。キリスト教が変化して来ているのだろうか。
キリスト教文明が自己を完全な善として他を悪として差別し処罰する殺害意欲を私は危惧していたが、このような僧侶の人種差別や異教徒殺害への自己批判の言葉を聞くことは余り馴染みのないことであった。キリスト教が変化して来ているのだろうか。
第二回
4) モンサンミッシェルの修道士の食事のこと
モンサンミッシェル修道院の二コラ僧は一度食事に来るように前から私にいっていた。今回その機会がきたのだが、昼食はすんだので一応断ったが是非というので行って見ることにした。私の席が急遽つくられて座るように言って来た。南側の窓を背にして左右に袖のようにコの字に並べたテーブルの中央左に座席が設けられていた。僧侶は4人で来客は1人の婦人と2人の男性と二年前から同居しているという黒人の男性1人と私とであった。私の右隣にはモンサンミッシェル修道院長フランソワ・マリ僧が座った。彼は黒いスカートのような服の左ポケットに手を入れて何かごそごそと探していたが、青と赤のポールペンともう一本の筆記用具を取り出して目の前のテーブルに載せた。
| 今日の食事係のニコラ僧、大広間が集会室兼食堂になっている。 |
この人がモンサンミッシェルの修道院長だと後で名前を教えてくれたのは右側末席に座っていたガブリエル僧であった。この僧は前に何度か出会って知っていたが挨拶ぐらいで今回話す機会ができた。かれは近隣のポントルソンの町の中小企業に出稼ぎなのか週に2回ほど働きにいっていて修道院の経営に役立てているのだと話した。
今日は、食事の準備はニコラ僧が係りらしくあわただしくミサが終わり大階段を駆け下りて来ると約束して待っていた来賓の婦人を見つけそこではなくこちらから入るのですと案内していた。今日はそんなに寒くないがニコラ僧はサンダルの素足ではなく紺色の靴下を履いていた。冬だから当然だが晩秋の寒いころは確か素足で寒そうにしていた。靴下をはきはじめる期日と言ったものがあるのかどうかはわからない。
ニコラ僧はパンを切り分け籠に入れる。チーズを確認し蓋をした。3種類のチーズが皿にのって既に食事兼集会室の大テーブルの脇に置かれていた。この皿が全部で3つあった。
メニューは、まず野菜でマッシュとよばれる青サラダに酢に油が浮いたソースをかけて食べる。次にオムレッツと野菜やケチャップで調理されたパスタがメインだ。そのあとに部屋に準備されて置いたチーズがでた。その後はデザートはリンゴパイだった。
| モンサンミッシェル修道院の食事直前のテーブル。皿やホーク、ナイフにスプーンなどクベールが準備されパン籠がテーブルに乗せられた。 |
順番にこれらをテーブルの中央にいる修道院長のところに先ず全部もってきてそれを左右に受け渡していくのである。好きなだけ各自が取り残るとまた食事係りのニコラ僧が中央テーブルの修道院長のところに持っていく。また同じように左右にサラダボールやオムレツの入った容器などが動くのである。みんなはお腹がすいているのか音楽がうるさいのだがそれにも負けずに皿とナイフがぶつかる音が聞こえていた。
食事の間も準備の間も誰も話しをしない。食事が終わって片付けはみんなで手分けしてしていたがこの間も誰も話しをしていなかった。黙々と食べるのだ。一番右はずれに席のあったにあったニコラ僧は絶えず食事の配膳に注意していて食べている暇がない。みんなよりも遅れて食べ始まるのですでに料理がボール皿に残っていないという感じであった。
それで急いで食べているのだが、終わらないうちに、左どなりに背筋を伸ばしてやや左向きに傾いて座っていたガブリエル僧がニコラ僧にすばやく右手の人差し指と中指とでV字にしてハサミを使うようにパチパチと二回やった。そうすると反射的にニコラ僧は食事を中止して黙って立ち上がり白い皿に乗ったチーズに蓋のある容器に戻してそれを持って厨房の方へかけ去った。少しすると今度は丸い大きなリンゴパイを両手でもって私たちの前に現れた。食事に参加した人数分なのだろうか?既に切れ目が入っていた。あとで気づいたのだが一つだけひどく小さなパイがあった。これは急に人数が増えた私のぶんだったのかもしれない。
それで急いで食べているのだが、終わらないうちに、左どなりに背筋を伸ばしてやや左向きに傾いて座っていたガブリエル僧がニコラ僧にすばやく右手の人差し指と中指とでV字にしてハサミを使うようにパチパチと二回やった。そうすると反射的にニコラ僧は食事を中止して黙って立ち上がり白い皿に乗ったチーズに蓋のある容器に戻してそれを持って厨房の方へかけ去った。少しすると今度は丸い大きなリンゴパイを両手でもって私たちの前に現れた。食事に参加した人数分なのだろうか?既に切れ目が入っていた。あとで気づいたのだが一つだけひどく小さなパイがあった。これは急に人数が増えた私のぶんだったのかもしれない。
ジャン・マリ僧はチーズが好きなのか3種類とも全部大きく切って自分の皿にのせゆっくりと黙って指で皮をむきながら食べている。音楽の何小節かが終わり隣の僧は口の中に指をいれ何か考え事でもしているのか虚空をみている。これはガブリエル僧も同様で何かを考えているのか見ているのかそれは傍目には不思議な光景であった。
食事に先立ってジャン・マリ僧が今日の音楽を紹介した。17世紀のビィベル(Biber)とかいうバロック音楽の作曲家のもので作品はLitanige de sancto Josepheとかいった。食事をしながら聞くのにはひどくうるさい退屈な音楽だった。これでは話す者がたとえあったとしても何も聞き取れないといったほど大きな音で音楽は流れていた。
| 手前はジャン・マリ僧。背後には食事に参加した人たちが全員で食事の片付けをしている。 |
モンサンミッシェル修道院長フランソワ・マリ僧にいつも音楽を聴きながら食事をするのかと聞くと週に2回は音楽を聴くが、その他の日は祈祷書を聞きながら食べるのだと答えている。今日の音楽の名前や作曲家のことを聞くと知らないからジャン・マリ僧が係りだからと答えた。ジャン・マリ僧の好みの選曲なのか?ジャン・マリ僧はレンズが上下と左右でその厚さが異なっていてしかもレンズに水平に何本もの筋が入っているという凄いメガネをしていてちょっとみると仙人のようなアゴ髭と白い頭髪を持っていて仙人のようで修道士といった人だ。しかし話しかたはひどくやさいい鄙びた声で時々話しを止めながらゆっくりと話す。以前かれは私に、年間10冊ほどの書しか読まないのだと語っていて、科学の書物が好きらしい。修行なのか布教のためなのかブルターニュの奥地へ悲壮な旅の姿で出かけたりもする。
私の右側のテーブルに座った客は男性で大きなパイを取った。その隣の黒人の痩せた男性は2年前からここに住んでいるのだという。この男性が小さなパイをお皿に取った。寒いのか長い襟巻きをぐるぐる巻いて食べていた。私がそれに気がついたので合図すると、わかったらしくかまわないのだといった様子をみせた。
ニコラ僧が左のテーブルにやってきて残った一切れのパイと皿を持って自分の席に戻った。食事は終わりに近づいていて修道院長はナプキンを床にパタパタとやってからたたみ口もとを拭きそれでテーブルをきれいに拭いた。
食事が終わった後に日本から来たお菓子というのを進められた。私は遠慮したがどこかの日本人がお土産に持ってきたものなのだろう。他にも珍しいお菓子がでた。
5) モンサンミッシェルの修道士はパリのサンジェルベ教会が本拠地
5) モンサンミッシェルの修道士はパリのサンジェルベ教会が本拠地
どうして僧侶がこのモンサンミッシェルにいるのかと質問すると、ガブリエル僧は現在モンサンミッシェル修道院に修道士が住んでいるのは2001年にアバランシュのフィヘイ(Fihey)枢機卿がフラタニテ・モナステッィク・ド・ジュルサレムの我々をここによんだからなのだといった。この宗派はフランスに10ほどあってその本拠地はパリ市長舎裏のコンパニオナージュがある隣のサンジェルベ教会だといった。そして他にはこの宗派はブルゴーニュ地方の第二回十字軍の招集があったベズレー修道院にもいるのだと話した。
どうすれば僧侶になれるのかと聞くと、中世では誰でもが僧にはなれなかった。しばしば貴族の3男が僧になったと語った。今は神が呼んでいることを感じたものが僧になるという。ある種の不思議な神のおぼし召しによるのだとガブリエル僧はいった。
最後に教会は階級社会なのか?と聞いてみた。みんな神の兄弟で従者であるがその代表を選挙で選んでいる。投票はキリスト教の僧が発明したものだといった。服従の意味には限定的意味を付与しているようで、上の者に絶対服従だというキリスト教社会に関しては同僧はそれを否定する積極的な意見はなかった。
2013年10月24日木曜日
バルツ仏内相 移民の亡命権請求手続き短縮化発言
マニュエル・バルツ仏内相は移民の亡命権に関して、その請求がこれまでは手続きが1年半ほどかかるのを最高9ヶ月に短縮したい意向を示した。フランスはコソボ人の父親を持つレオナルドさん(15歳)が仏警察によってコソボへと排斥されたことで移民の国籍問題を大きく取り上げるジャン・フランソワ・コッペ国民運動連合(UMP)議長など極右派の国民戦線(FN)のマリーヌ・ル・ペンまがいの意見を述べる者がでている。来春の地方選挙での得票対策だろうが、その賛否両論で大騒ぎしている。
2013年10月21日月曜日
カルペントラでイスラム寺院に30メートルの「カギ十字」落書き
18日夜から19日午後にかけてボークルーズ県アビニョン近くのカルペントラ市のモスク(イスラム回教寺院)に30メートルに渡るカギ十字の落書きが描かれた。カギ十字はナチズムの人種差別の意味を持つ。カルペントラの検事は調査を開始した。イスラム教徒地方審議会は21日に告訴を提出する。1990年代には カルペントラはユダヤ人の墓荒らしで有名になった所であり極右派の国民戦線(FN)の台頭があった。
フランス全国イスラム嫌い監視局委員長のアダラフ・ゼクリ氏は、「驚くべきものだ。許せない暴力である」「イスラム嫌いの行為が強力に増大しているのは危険だ」と述べている。
【参考記事】
Des croix gammées sur la mosquée de Carpentras
LE DIMANCHE 20 OCTOBRE 2013 À 17:01
2013年8月25日日曜日
アサドの名は出さず イラン大統領がシリアでの化学兵器使用を初認知
24日シリアのアサド大統領を支持するイランのロウハニ大統領が初めてイラン学生新聞(ISNA)でシリアでの化学兵器の使用があったことを認め、国際社会にこの使用を禁止するように呼びかけた。しかしイラン大統領は誰がこの化学兵器使用の責任者であるかについては話さなかった。しかしイラン外相は21日にトルコ外相との会談の席上で反体制派の化学兵器使用を話していた。イランはシリア支持の中心的な国である。
ロラン・ファビウス仏外相はダマス近郊での1300人とも言われる21日の殺害では化学兵器が使われたと断言し、責任はアサド体制にあるとしている。ヨルダン川西岸のラマラ(Ramallah)地区を訪問した折にラミ・ハマダラフ(Rami Hamadallah)パレスチナ首相との会談で話した。
ファビウス仏外相は国連の調査官が化学兵器使用の調査でシリア体制との交渉に入ったが、誤魔化しのないすみやかな調査ができることを祈ると話した。仏外相は21日にシリアが間違いなくサリンを使用していると訴えた。すでにルモンド紙のジャーナリストの明かした証拠や研究所の検査分析がある。米国がさらなる証拠を探し求めることを主張していることを、ファビウス仏外相はいぶかっている。
フランスは世界で初めて数ヶ月前からアサド体制で化学兵器が使用されたことを言い続けてきた唯一の国である。
アラブ諸国の春の余波で国際世論の批判が高まっていたアサドはサルコジ前大統領をエリゼ大統領官邸に訪問して、シリアのオムスで民衆に向けて戦車の砲弾を放った独裁者の自分が、国際社会から批判されるのを恐れていた。国連の常任理事国で拒否権を持つフランスに擁護を求め、その見返りにサルコジが探していたリビアの独裁者カダフィの携帯電話番号を教えたといわれている。
アサドは24日のシリア国営放送で、反体制勢力とテロリストの化学兵器使用を訴えている。
2013年8月16日金曜日
死者525人 エジプト市民戦争の危機に 警察が実弾使用許可後
15日、エジプト臨時暫定政権の軍隊の圧制で首都カイロでは死者525人を記録した。482人が市民で43人が警察。負傷者は3200人と公表された。イスラム主義者モハメッド・モルスィ大統領の復帰を求めるイスラム同胞団(フレール・ミュズルモン)側では死者は2200人出たといっている。8月15日、エジプト内相は公共財破壊や警察官への攻撃に対して実弾の使用を認める発言をした。
オバマ米大統領はエジプトは危険な進路を歩みだしたとして、エジプト軍隊による暫定臨時政権を告発し軍事や経済制裁の可能性を発表した。イスラム同胞団は15日に新たな抗議運動を予定していて全国に呼びかけている。エジプト市民戦争の危機が心配されている。
15日、オランド仏大統領は在仏エジプト大使を召集しエジプトの罪人保釈凍結などを指示した模様。
【参考記事】
VIDEO. Barack Obama a dénoncé la répression des manifestations qui a fait au moins 525 morts mercredi. Selon lui, le pays est engagé "sur un chemin dangereux".
Mots-clés : Egypte, armée, morts, Frères musulmans, Le Caire, Mohamed Morsi, bain de sang, baradei, pro-Morsi
2013年8月14日水曜日
政治が作り出すイスラム嫌いなのか? パリ郊外で新たな人種差別の罵倒と暴力が頻発
パリ西部郊外のトラップ地区(イブリーンヌ県)で12日17時45分ごろに16歳の若い女性が女友達に電話をしながらバスの停留所に向って歩いていると、クリオの黒色の車がついてきた。二人の頭髪を短く刈った男性が車から出てきて罵倒しながら彼女の顔を覆っていたイスラム女性のフラー(頭部を隠す被り物)をむしり取り腹部や肩などをなぐって暴力をふるい、紙きりナイフで脅したとラジオ・フランス・ブルーで証言している。13日の仏国営ラジオ・フランス・アンフォなどが報道している。
若い女性は友達の消防署への知らせでトラップの私設病院に運ばれ治療をうけていたが、13日になってから警察に訴えをだした。女性は顔と頸部に傷を受けたが軽症だと警察ではいっている。医者の診断結果はまだ報道されてない。訴えの中で女性は「イスラム嫌い」(Islamophobie)の罵倒をうけたのだといっている。
若い女性は友達の消防署への知らせでトラップの私設病院に運ばれ治療をうけていたが、13日になってから警察に訴えをだした。女性は顔と頸部に傷を受けたが軽症だと警察ではいっている。医者の診断結果はまだ報道されてない。訴えの中で女性は「イスラム嫌い」(Islamophobie)の罵倒をうけたのだといっている。
パリ西北部のヴァル・ド・オワズ県アルジャントゥーユ市でも5月と6月に同様な「イスラム女性への暴力事件があった。
マニュエル・バルツ内相は記者会見Dans un communiquéで、「新たな憎悪の反イスラム的行為は共和国の価値を傷つけるものである。その行為は許されない。厳しく裁く」とのべている。
マニュエル・バルツ内相は記者会見Dans un communiquéで、「新たな憎悪の反イスラム的行為は共和国の価値を傷つけるものである。その行為は許されない。厳しく裁く」とのべている。
「イスラム嫌い」(Islamophobie)はフランスではサルコジ前大統領がこの人種差別の動きを政治的にメディアを使って民衆操作のために利用した疑いが強い。残念なことだが、同じく社会党政権でもフランス人の「イスラム嫌い」を逆手に取って利用価値を見出しているとも見られないことはない。
フランスのような移民の多い文化的に複雑な国家では、人種差別を利用した政治的舞台が絶えず繰り返し準備されているようで大変に気になることである。イスラム女性のフラー問題はいつでも存在し、好きな時に取り出して政治的にスキャンダル化できるものである。この種の移民を話題にした事件は消滅することはないのかもしれない。
フランスのような移民の多い文化的に複雑な国家では、人種差別を利用した政治的舞台が絶えず繰り返し準備されているようで大変に気になることである。イスラム女性のフラー問題はいつでも存在し、好きな時に取り出して政治的にスキャンダル化できるものである。この種の移民を話題にした事件は消滅することはないのかもしれない。
【参考記事】
Trappes : une jeune fille voilée victime d'une agression islamophobe ?
LE MARDI 13 AOÛT 2013 À 19:45 mis à jour à 20:20
Par Pierrick de Morel2013年8月12日月曜日
リヨンで極右活動家の「火炎瓶イスラム寺院投げ入れ計画」を 仏国内情報中央局が未然防止
リヨン北部のモン・ヴェルダン軍事飛行場で23歳の右翼活動家がテロリスト産業関連の火薬所持と宗教礼拝場不遜の容疑で4日前に逮捕され尋問をうけていた。極右過激派系の思想をもっているとされる同青年は、ローヌ県のリヨン南近郊のヴェネシューにあるモスケ(イスラム寺院)に火炎瓶投下の計画をもっていたことがわかった。11日にマニュエル・バルツ内相は記者会見で仏国内情報中央局(DCRI)の活躍で更なる被害を未然に防止できたと賞賛した。
青年は昨年8月にはボルドー東部のリボルンヌで、犠牲者はなかったが火炎瓶をイスラム寺院に投げ込んでいた。
この内相の賞賛の裏には、2012年のトゥールーズとモントーバンでのメラ青年による連続殺害事件でサルコジ政権が青年がパキスタンやアフガニスタンを旅行しアルカイダと接触していたことを事前に知りながらこれを泳がせておいた為に連続殺人事件が起きたとして、未然防止ができなかったことに対する暗黙の批判が込められている。
当時サルコジ前大統領は記者会見で、「自分が仕掛けたとでもあなた方は思っているのだろう」と記者たちを前に話している。
当時サルコジ前大統領は記者会見で、「自分が仕掛けたとでもあなた方は思っているのだろう」と記者たちを前に話している。
ここにはイスラム教徒による連続殺害事件テロをテレビ・ラジオのメディアが毎日のように大きく取り上げることによって、仏国内の反イスラム感情を高めて2012年の仏大統領選挙の直前のとこもあって右派票獲得を増大させようとする画策があったと取られる疑惑が高まったためである。
サルコジ氏の上掲の話しもそういうコンテクストで記者に答えたものであったと分析されるからだ。意識的に偽装された反イスラム主義ということか。
サルコジ氏の上掲の話しもそういうコンテクストで記者に答えたものであったと分析されるからだ。意識的に偽装された反イスラム主義ということか。
反イスラムの宣揚は政治家がメディアを使って右派系市民の糾合に使用された例としてメラ事件は重大な事実をのこした。メディア研究家の今後の更なる分析が待たれる分野であると思う。
バルツ内相は数日前のラマダン(断食)中にイスラム寺院を訪問して、大学内でのイスラム女性のフラー(顔を隠す被り物)着用禁止を論議(デバ)することを提案していた。そのこともあってリヨン郊外での今回の青年逮捕は現政府の「イスラム嫌い」(Islamophobie)が表面化したものではないかと見てパリのイスラム教寺院の教師は批判している。仏国営ラジオ・フランス・アンフォでは報道している。
【関連記事】
バルツ内相は数日前のラマダン(断食)中にイスラム寺院を訪問して、大学内でのイスラム女性のフラー(顔を隠す被り物)着用禁止を論議(デバ)することを提案していた。そのこともあってリヨン郊外での今回の青年逮捕は現政府の「イスラム嫌い」(Islamophobie)が表面化したものではないかと見てパリのイスラム教寺院の教師は批判している。仏国営ラジオ・フランス・アンフォでは報道している。
【関連記事】
2013年8月6日火曜日
仏大学の教室で イスラム教徒の女学生のフラー禁止がデバに
http://franettese.blogspot.fr/2013/08/blog-post_5184.html
2013年3月08日
2012年11月02日
【参考記事】
Il projetait de "tirer à l'arme à feu contre une mosquée" près de Lyon
2013年8月5日月曜日
イスラム攻撃はフランス攻撃 バルツ仏内相移民地区のラマダンで宣言
イスラム攻撃の過熱化する中でマニュエル・バルツ仏内相は3日夜にパリ北部近郊のイスラム移民の多く住むドゾワール・ラ・フランス(d'ozoir-la-France)で、イスラム教徒の青年たちのラマダン中(断食)の夜会食に参加した。同内相は「イスラムを攻撃することは、フランス共和国を攻撃することである」と発言して「反イスラム主義と闘う」ことを再度宣言している。
バルツ内相はパリ西郊外のトラップを7月20日に訪問した時に、「フランス共和国の法律は公共の場での女性のフラー(被り物)の着用を禁止」していると発言していたが、ドゾワール・ラ・フランスでもこれを繰り返し再確認している。
内相はラマダン中に3度もイスラム寺院を訪問した。「イスラムだけでなく、同様にユダヤ、キリスト教などを攻撃することはフランス共和国の精神に反する」ことを話し、みんなが仲良く暮らせるフランスを実現させていこうとしている。
ラマダン中は太陽の陽が出ている間は食事もできないし水も飲めない。さらにトイレにいってもいけない。女性に触れてはいけないなどということもしばしば聞く。彼らはこの期間は夕方になると気力がなく覇気がなく仕事も緩慢になってくるという。その代わりこの期間の夜の食事は豪華なものになっている。
2013年4月26日金曜日
2012年4月19日木曜日
アフガンの自爆テロ犯行声明=長期準備で、カルザイ大統領が秘密警察とNATOを批判
15日、カブールなどアフガニスタンの4ヶ所の町でタリバン勢力がカミカゼ自爆テロの殺害があった。蜂起勢力側は自爆もしくはアフガン軍によって36人が殺害された。市民4人と、11人の軍人も死亡している。カルザイ大統領は、「テロリストが、カブールや他の地方へ侵入したのは、秘密警察と特に北大西洋条約機構軍(NATO)」の失敗であったと語った。 NATOは真面目な調査をすべきである」といっている。
2012年4月17日火曜日
オスロー連続殺人テロ事件裁判初公判 ブレイビク被告 初めて涙を流し、「人間の感情」を見せた
16日オスローでは、ノルウェー連続殺人テロ事件被告アンネシュ・ベリング・ブレイビク被告が裁判所に到着。法廷に立った
ブレイビク 被告は拳を上げて極右派の挨拶を演じてみせた。ノルウェーでの10週間にわたる裁判期間中には、逮捕の当初からいわれてきた「無感動」と「正当防衛」を援用しながらの弁護が行われると考えられる。しかし今回の裁判所で、同被告の作成した映像を見て初めて人間の感情を見せて涙を流した場面があったと左派系の週刊誌ヌーベル・オブセルバトワールfr.は書いている。後悔があれば浮かばれることもあるが、21年の禁固刑か一生涯を精神病院で送ることになりそうだ。
2012年4月11日水曜日
サルコジ大統領、トゥールーズ・イスラム主義テロ殺害青年の射殺で、ジャーナリストに答える 「これを私が仕組んだとでも思っているのだろう」
サルコジ大統領の6日の記者会見の模様がユーチューブ(YouTube)に掲載されている。画像の(1:18:35~の箇所)で、ジャーナリストが最後の質問としてモントーバンとトゥールーズで起きたイスラム主義テロ殺害事件で射殺されたアブデル・メラ青年に関しサルコジ氏に、「権力の力を示したのか?」「ストラテジーだったのか?」と質問している。この質問に答えたサルコジ氏は、「これを私が仕組んだとでも思っているのだろう」とジャーナリストに逆に問い返している。問いすなわち答えなりとはこのことかもしれない。http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=0NOlEadAJSs#!
この4月6日の記者会見には他にもメディアパートのジャーナリストが質疑したサルコジ大統領の7部屋あるデファンス地区近くのセーヌ中洲のグランジャット島の豪華アパートの購入資金の出所が国民議会から出されているがその金額が超過していることなどが糾されている。あまり報道されてないが重大な質疑応答があった。メディアパートのジャーナリストの質問には、サルコジは当時この審査を行なった時代1995年から1997年は左派であり議会は左派であったのだと答えている。画像の(1:03: 辺りの箇所)を参照。ジャーナリストの集まった会場は、この時に一瞬騒然となったが、サルコジは口をへの字に曲げながらそわそわしていたが、ここでも嘘をついて誤魔化し通した。
1995年5月18日にサルコジと同じ党派の国民運動連合(UMP)のアラン・ジュッペ内閣(現ボルドー市長)が誕生し1997年6月2日まで続く。1997年6月4日にリヨネル・ジョスパン仏社会党議員がコアビタションで2002年5月6日まで首相をした。
苦し紛れにメディアパートのジャーナリストに答えたサルコジ氏の返答は誤魔化しであったのだ。
1995年5月18日にサルコジと同じ党派の国民運動連合(UMP)のアラン・ジュッペ内閣(現ボルドー市長)が誕生し1997年6月2日まで続く。1997年6月4日にリヨネル・ジョスパン仏社会党議員がコアビタションで2002年5月6日まで首相をした。
苦し紛れにメディアパートのジャーナリストに答えたサルコジ氏の返答は誤魔化しであったのだ。
【参考記事】
Conférence de presse de Nicolas Sarkozy - Lettre
aux Français
2012年4月9日月曜日
仏のマリ国連介入要請は トータル石油の利権から 情報不足の中で新たな紛争を想定
フランスの4月3日の国連への呼びかけはなんだったのか?現地で仏のトータルが石油発掘をしているためだったのか?アラン・ジュッペ外相(前防衛相)はマリ北部でのイスラム主義の反政府武装勢トゥアレグとマグレブ諸国のアルカイダ(Aqmi)とが連盟しマリを占領することもあり得るとしてこれに対抗する行動を国連に3日要請していた。フランスそのものは現時点では軍事介入を否定した。しかしフランスはコートジボワールの場合でもリビアの場合でも必ず国連や欧州連合、北大西洋条約機構軍(NATO)などの国際社会組織を先に立てて事件紛糾の後で軍事介入してきたことを忘れてはならない。それはそこにフランスの利権が隠されているからである。マリの場合にはトータルの石油であることはまちがいない。一方、大統領選挙でのサルコジ候補支援のためにフランス国内でのイスラム主義対策とマリ北部でのイスラム主義をテロリズムのイメージに二重写しにしてその効果を狙ったものだとも考えられる。
2012年4月4日水曜日
社会学者が仏内相のイスラム説教師イマム排斥にコメント これはトゥールーズ・メラ事件の煙幕と
社会学者でサラフィストの専門家であるサミール・アムガァー氏は、2日に発表されたクロード・ゲアン仏内相(前エリゼ大統領官邸書記総監)によるイスラム過激主義と目される3人のイマムの排斥というのは、大統領選挙のために、トゥールーズとモントーバンでの連続殺害事件でフランス情報局の失策を忘れさせるためのものであったのではないかと見ている。10日、左派系知識人を多く読者に持つリベラション紙fr.が報道している。
2012年3月18日日曜日
アルジェリア独立50周年 ルモンド紙上で戦争中の拷問と軍隊を考察
2000年6月にアルジェリア戦争中の拷問を考察する論議が再度打ち上げられてルモンド紙にそのルイセッテ・ルギィラリズ氏の証言が掲載される。2000年12月には、エコールノーマル高等師範学校出の青年ラファエル・ブランシュ氏の「アルジェリア戦争中の軍隊と拷問」、軍隊と指揮官の不法行為を書いた歴史学博士論文が支持された。
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2012年2月18日土曜日
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