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2011年12月8日木曜日

コンゴ大統領選挙、結果「発表の難航」は、コートジボワールの前例を危惧

12月8日にコンゴ(旧ザイール)の大統領選挙の結果が発表されることになっていたが電子機器の関係で48時間の遅れが出る模様。現大統領のジョゼフ・カビラ(コンゴ・ザイール解放民主勢力連合ADFL)が優勢だと経過が報告されカビラ氏が49%、野党のエチエンヌ・チセキディ氏は39%となると予想されているが、反対派はこの数字を拒絶している。

12月6日で大統領任期は終了したはずだが、委員会はこれを延期させ、12月17日に最高裁判所が新大統領を宣言するまでカビラ氏が大統領権を行使することになった。

フランス政府は大統領選挙の各投票所ごとの開票結果を公表するように委員会に要請し、各政党の静粛な責任ある対応をするよう求めている。カビラ氏への抗議で、262人が逮捕されて大きな緊縮をはらんできている。

2010年末のコートジボワールの大統領選挙ではロラン・バグボとアラサン・ワタラが共に大統領選挙当選を主張して国連やフランスが介入し国を分けての市民戦争となった。コンゴ大統領選挙でも、同様な事態へ発展する危険性は無いとはいえない。



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2011年12月5日月曜日

コートジボワールのロラン・バグボ前大統領、ICCに初出頭

2011年12月5日、コートジボワールのロラン・バグボ前大統領(66歳)は大統領選挙後2010年12月16日から2011年4月12日にわたる騒動で殺人処刑、強姦など人権違反の嫌疑をかけられて11月29日から30日にオランダのハーグの国際刑事裁判所(ICC-CPI )に収監されていたが、5日にはじめてICCに出廷し氏名などの確認があった。

2011年12月1日木曜日

国際刑事裁判所ICCが裁くべき人権違反は、ワタラ軍のコートジボワール・デゥエクエ(Duékoué)でのバグボ側市民殺戮



2011年3月末以前にだが、ワタラの3月17日の命令によってワタラ軍がコートジボワール南西部のデゥエクエ(Duékoué)で、1日の内に1000人以上のバグボ支持の市民を殺戮している。これこそが本当の人権違反であると、11月29日から30日にかけてアラサン・ワタラがロラン・バグボ前大統領をオランダのハーグの国際刑事裁判所(ICC)に送った。数日後(12月11日)に選挙をすることは最大の誤りであるとバグボ氏の特別諮問員ベルナール・ウーダン(Bernard Oudin)氏がBFMTV.COMのインタビューに答えている。11月30日夜のフランス国営放送テレビA2はワタラ側にもICCへの訴えが起こっているとだけ短く報道した。

2011年10月4日火曜日

国際刑事裁判所CPI、コートジボワールの「人権違反」「戦争犯罪」調査をオカンポ検事に許可

9月30日、オランダのハーグの国際刑事裁判所(ICC-CPI )判事はコートジボワールでの人権違反と戦争犯罪を裁く調査をルイ・モレノ・オカンポ検事に許可した。2010年11月28日のコートジボワールでの大統領選挙の結果、新大統領アラサン・ワタラとロラン・バグボ前大統領とが共に勝利を宣言したことに端を発し、両者の争いは国連軍やフランス特殊部隊(リコルヌ)を巻き込んで3000人に及ぶ大量虐殺となって続いた事件。

2011年6月22日水曜日

パリで「仏露首相」共同記者会見-シリア国連決議案で激しく対立 



6月21日昼、パリの首相官邸で、シリアのバッシャール・アサド大統領への軍事介の国連決議案に関してロシアのプーチン首相とフランスのフィヨン首相が共同記者会見し、両者は激しく意見が対立した。フィヨンは国連安全保障理事会はこれ以上無言でいるわけにはいかない。それぞれその責任を取るべき時が近づいているとして、我々は国際的な平等の中で行動したいと述べて、シリアへの介入主義の意思を明確にした。

2011年6月16日木曜日

ロシアと中国は=アラブ諸国への内政干渉には、総て反対と宣言

6月16日、ロシアのメドベージェフ大統領を訪問した中国の胡錦涛国家主席はすべてのアラブ諸国への内政干渉に反対すると署名して宣言した。国際社会といわれる英・仏・ポルトガル・米などがこのアラブ地域の紛争を解決しようとして逆に泥沼を招来させる結果になっていて解決できないでいる。その中での両国の宣言となった。ロシアと中国はこの目標を達成するためにアフリカ諸国連合(UA)や国連(ONU)と連帯していくことを宣言するとともに、国際社会が2011年3月に国連安全保障理事会で決めた「国連議決1970」や「国連議決1973」での市民の安全保護という目標を厳格に遵守することが不可欠で勝手な自由裁量の判断は許されないと宣言した。

2011年6月3日金曜日

ヒューマン・ライツ・ウォッチが発表─ワタラ軍がバクボ派を149人殺害



6月2日人権監視擁護のNGO非政府組織ヒューマン・ライツ・ウォッチはコートジボワールの首都アビジャンでは少なくとも149人のロラン・バグボ前大統領寄りの支持者が、4月中旬から首都を統制下に置いたアラサン・ワタラ共和国軍によって殺害されていたと報告した。しかもその報復や威嚇には民族的な狙いが明らかに存在していたとワタラ共和国軍によってバグボを支持していたというだけで殺害された人々の調書220件を収録して指摘している。


さらにヒューマン・ライツ・ウォッチはすべての拘置者に人間的な待遇をすぐに施すべきで、彼らの釈放の為にコートジボワールの国連活動人権部と人権監視部が自由に出入りできるようにワタラ政府に要求した。これまでに3000人が殺害されたコートジボワールの事件は両陣営が裁判で等しく裁かれなければならないし国際社会やそれを支援したフランスや国連(ONU)も裁かれなければならないだろう。

2011年5月30日月曜日

「リビア人権犯罪」=サルコジ仏大統領を告訴─ベルジェスとデュマ弁護士

5月29日、フランスの高名な2人の弁護士である元社会党外務大臣のロラン・デュマ氏とジャック・ベルジェス弁護士がリビアでの人権犯罪でサルコジ仏大統領を5月30日にパリに戻りしだい訴えることにしたとトリポリで記者会見の中で発表した。


2011年5月25日水曜日

コートジボワールでバグボ系ジャーナリストがワタラ軍に殺害か 国境なき記者団(RSF)が明かす

5月24日、コートジボワールで5月初旬にロラン・バグボ前大統領に好意的だったジャーナリストが殺害されていることが国境なき記者団(RSFルポルタージュ・サン・フロンチェーNGO組織)が明らかにした。4月11日にフランス特殊部隊(リコルヌ)の圧倒的支援でロラン・バグボ前大統が逮捕された後も、アラサン・ワタラとの両者の闘いが終わってなかったことを髣髴させる。

フランス通信(AFP)は、バグボ前大統領の新聞我々の声(Notre Voie)は3月31日から4月11日まで激しく戦ってきたが反体制派のメディアとして23日から再刊されことで、キオスクで入手可能になったことをRSFは歓迎しているといっている。


首都アビジャンの西部で殺害されたのはラジオ・ヨプゴン(Radio Yopougon) のジャーナリストのシルヴァン・ガグネトー氏(Sylvain Gagnetaud)で5月8日頃にワタラ軍による徹底的な作戦展開で逮捕されてその直後に殺害された模様だ。

ラジオ・ヨプゴンはガグボ前大統領の逮捕後の4月13日から4月14日にかけて襲撃され火事になっている。


コートジボワールでのジャーナリスト殺害事件が明るみにでたことでワタラ新大統領がサルコジ大統領などを前に宣言した「民主主義の勝利」という認識は3000人もの犠牲者を払ったことからも正当な戦争ではなかったし戦争では民主主義は実現しないだろう。コートジボワールのメディアの独立とジャーナリストの自由な言論が心配される。


2011年5月23日月曜日

コートジボワールの「平和と民主主義」の代価に 戦争殺害三千人 「サルコありがとう」とワタラ

欧州からのコートジボワールのワタラ大統領就任式の儀式(5月21日)に参加したのは欧州からはサルコジ仏大統領一人だけであった。ワタラへの国際社会の支持云々と報道されてきたが、その中身はなんだったのか?空爆がおこなわれコートジボワール共和国軍(FRCI)を支援したフランス特殊部隊(Licorneリコルヌ)が活躍し、ロラン・バグボ前大統領との闘いで3000人が死亡した。国連(ONU)の介入も疑問なところが多いが、ワタラ新大統領はサルコジ大統領を前にして「みんながサルコありがとうといっているのを見ましたか」と儀式で話している。

コートジボワールの平和と民主主義のためには余りにも大きな代価が払われた。この国際社会の軍隊介入という解決策がはたして正しかったのか疑わしい。

4月11日バグボ前大統領を逮捕したのはフランス特殊部隊(Licorneリコルヌ)の力によるところが大きい。このリコルヌ部隊は一般の国連軍(ONUCI)ではない装備も機能も全く別な戦闘部隊であるが、これを国連の潘基文事務総長がフランスに出動を要請したことになっていて、潘基文もこのワタラの儀式にはアフリカの20カ国の首脳と共に参列している。

ワタラは「平和なくしてどんな発展もかなわない」と宣言したが、コートジボワールの市民3000人の犠牲は発展に必要だったのかは問うことをしなかった。この首脳陣たちのいう平和とはなんなのか?3000人の犠牲者への追悼はなかったのか?この死を恐れ悼まないわけにはいかないだろう。

フランスは仏軍隊を在留仏人の安全のために今後も駐留させると宣言している。これが今後コートジボワールの平和な発展を保障するとは思えない。

ワタラは「危機は民主主義の勝利で終わった」とも言っている。しかし民主主義の勝利に3000人もの死者をだしておいて、はたして「コートジボワールの、全アフリカの成功だ」などといってアフリカ全部の共同の結果であるかのようにいっているのは危険ではないか。

おそろしい民主主義がアフリカにはあるものだ。これを国際社会や国連の潘基文やサルコジが認めているのだから凄いことになった。ワタラは自分の大統領就任の儀式で「コートジボワールとフランスとの歴史的な結びつきと未来への共同のビジョンを称賛」した。これはフランスとアフリカの旧植民地の再来を宣言したようなものでまったく驚かされるのである。

フランスや国連のコートジボワールへの軍事介入は大統領選挙の結果発表の初めから偏(かたよ)ったものがあったと指摘されている。ワタラの選挙指揮本部であったゴルフ・ホテルまで国連の職員がやってきてワタラを大統領選挙の勝利者だと発表した経緯があった。コートジボワール司法権の最高決定機関である憲法審議会のポウル・ヤオンドレ議長は大統領選挙の結果発表が遅れていたためにバグボの当選を認める宣言をした。このことで二人の大統領が互いに争うことになった。両者の争いには部族的な背景があり、これにフランスや国連軍(ONUCI)などが国際軍事介入した。市民戦争が拡大し3000人も死者がでた。

3000人がどのようにして殺害されたのか大量虐殺の疑いはないのか?バグボ側だけでなくワタラ側やひろく殺害戦争に参加したフランスを初めとする諸外国の軍隊や国連軍(ONUCI)の調査も平等になされる必要があるであろう。

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2011年5月22日
5月21日、コートジボワールを訪問したサルコジ仏大統領はコートジボワールから仏軍の撤退を否定して在コートジボワールのフランス人の安全のために軍隊が駐留することを宣言した。ロラン・バグボ前大統領のフランス軍隊介入批判の一つ ...

2011年5月03日
5月2日、パリである男性がコートジボワールの新大統領アラサン・ワタラ(Alassane Ouattara)に対し人権犯罪で告訴を提出したとジャック・ベルジェス弁護士の事務所が発表した。訴えたのはパリ郊外に住むゲナエル・ラプ(Guenaël ...
2011年4月27日
4月26日、コートジボワール国営放送TCIはアラサン・ワタラ新政権からロラン・バグボ前大統領の予審裁判の開始を閣議のスポークスマンが宣言したと発表された。現在、バグボ氏とその一派によってなされた犯罪の予備調査が進行中で ...


2011年1月02日
1月1日大統領を自認するローラン・バグボ氏は12月28日にコートジボワールの北部のアボボで国連軍が群集に向けて発砲し2人が負傷し現在軍事病院に入院していると発言した。国連は何のためにいるのか?市民に発砲するのは国連軍の仕事ではない。 ...
2011年4月11日
ギー・アベルチー元社会党アフリカ担当はこのコートジボワールのバグボ逮捕は国際社会法に違反したもので、自分はフランス市民として第一に恥ずべきことであると語った。バグボ逮捕に果したフランス軍の役割は、ワタラ軍を支援してバグボ邸に仏の戦車が ...
2011年1月09日
これらのアフリカ諸国がこぞって独立60周年を迎えた今年、7月14日にはサルコジ大統領にパリ祭(フランスの軍事力を誇示する祭典)に招待されたが、その13カ国中で唯一パリ・シャンゼリゼ大通りの軍隊行進に参加させなかったのはコートジボワールで ...

(参考記事)
VIDEO. Sarkozy, seul chef d'Etat occidental à l'investiture de Ouattara: "vestiture marquant l'épilogue de six mois d'une crise post-électorale qui a fait près de 3 000 morts"


2011年5月22日日曜日

サルコジは仏旧植民地コートジボワールの大統領就任式で 仏軍隊「駐留」を宣言

5月21日、コートジボワールを訪問したサルコジ仏大統領はコートジボワールから仏軍の撤退を否定して在コートジボワールのフランス人の安全のために軍隊が駐留することを宣言した。ロラン・バグボ前大統領のフランス軍隊介入批判の一つには、コートジボワールの独立がおびやかされ内政干渉されるとの指摘があった。21日には訪問中のサルコジなどを前にして共和連合(RDR)のアラサン・ワタラの大統領就任式が執り行われた。

コートジボワールとフランスの経済関係はカカオや砂糖など植民地経営の続きが残っている。石油などの資源の埋蔵が見込まれていることでフランス企業が進出している。サルコジ大統領の友人のボロレ氏は港湾施設など重要な機関を握っているともいわれている。

フランスの旧植民地であったコートジボワールのバグボ大統領とサルコジ大統領の仲が近年うまくいってなかった。コートジボワールの大統領選挙の結果発表の問題でフランスの介入があり、その後は国連も参加してのアラサン・ワタラ支持の闘いで国連が要求したとされるフランス特殊部隊(Licorneリコルヌ)が参加してバグボ大統領は取り押さえられた。

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2010年12月20日
先週のブリュクセル欧州会議の折りにフランスのサルコジ大統領はコートジボワールのローラン・バグボ大統領の退陣を19日までにするよう要求した。バグボ大統領はコートジボワールに駐留するイコルンヌ作戦を展開している仏軍と国連軍8500人の退陣 ...
2011年1月02日
1月1日大統領を自認するローラン・バグボ氏は12月28日にコートジボワールの北部のアボボで国連軍が群集に向けて発砲し2人が負傷し現在軍事病院に入院していると発言した。国連は何のためにいるのか?市民に発砲するのは国連軍の仕事ではない。 ...
2010年12月28日
コートジボワールは1つの国に2人の大統領が出現した。11月28日の大統領選挙後にロラン・バグボ前大統領と対抗候補者の共和連合(RDR)のアラサン・ワタラ元首相は大統領の席を互いに主張しあって争っている。 サルコジ大統領はブリュクセル( ...
2011年4月08日
それは欧米のメディアの見解からでは暗黙のうちにバグボの傭兵と取られがちだからだ。しかしコートジボワールの日本大使館は先の大統領選挙で独立選管委員会(CEI)に多額の援助資金を寄付していて、これがワタラ派の選挙地盤であるコートジボワール ...





2011年5月3日火曜日

コートジボワールのワタラ大統領を「人権犯罪」でパリから告訴 1日800人以上の大量虐殺 

5月2日、パリである男性がコートジボワールの新大統領アラサン・ワタラ(Alassane Ouattara)に対し人権犯罪で告訴を提出したとジャック・ベルジェス弁護士の事務所が発表した。訴えたのはパリ郊外に住むゲナエル・ラプ(Guenaël Lapu)氏で父親のジャン・ガブリエル・ブーナ氏は2011年3月29日、コートジボワール西部のがあり、この時に殺害され30日に発見された。

同弁護士と元社会党(PS)外務大臣のロラン・デュマ弁護士はすでに逮捕され監禁されているロラン・バグボ前大統領の弁護士を務めているが、ラプ氏の弁護士も努めることになった。ラプ氏の娘さんの証言によると、ワタラ寄りのコートジボワール共和国軍(FRCI)兵士がデウェクォエの町を占拠した時に、ブーナ氏は軍隊に連れていかれFRCIに殺害されたという。

3月29日のデウェクォエ(Duékoué)だけでも死者はすくなくとも800人を超えていると国際赤十字社(CICR)では状況報告している。国連の人権擁護高等弁務官は3月末からのコートジボワール西部の村(特にデウェクォエ)での部族間の激しい衝突で536人ほどが殺害されたとしている。

(参考記事)


Côte d’Ivoire: plainte à Paris contre Ouattara pour crime contre l’humanité | Tribune de Genève


2011年4月27日水曜日

急ぐワタラの「コートジボワール裁判」開始 バグボの集団殺害訴えに先手 

4月26日、コートジボワール国営放送TCIはアラサン・ワタラ新政権からロラン・バグボ前大統領の予審裁判の開始を閣議のスポークスマンが宣言したと発表された。現在、バグボ氏とその一派によってなされた犯罪の予備調査が進行中であるという。一方でワタラ側の集団殺害の疑惑も色濃く国際犯罪裁判所(C P I )に訴えられる可能性もある。ワタラ新政権側がバグボの国内での裁判先取を急いだと考えられる。

1月自認するバグボは12月28日にコートジボワール北部のアボボで国連軍が群集に向けて発砲し2人が負傷し現在軍事病院に入院していると発言していた。国連は何のためにいるのか?と訴えている。またワタラ軍が基本的にバグボ支持の村を虐殺したと訴える証言もある。コートジボワールの問題は国際社会(4カ国)と国連の名でコートジボワールの主権に内政干渉したという疑いが1日、大統領を強い。

ワタラの裁判で裁くのは、4月11日に首都アビジャンのバグボ邸でフランス特殊部隊(Licorneリコルヌ)と国連軍(ONUCI)の支援によって逮捕されたバグボ氏とその妻シモンさん及び60人ほどの側近や兵士たちである。

バグボ側ではこの11日の逮捕について、バグボ邸は近所に位置するフランス大使館と以前は地下道のトンネルで繋がっていたという。これはコンクリートで封鎖してあった。これをフランス側の特殊部隊リコルヌが介入し爆破して地下階段からバグボの事務所へ侵入してきた。中から攻撃して来て外部にいたワタラ軍を支援したといっている。もちろんこれをワタラ側の幹部は否定している。

バグボ邸宅では11日120人ほどが逮捕されていたが70人ほどの家族や使用人は釈放されていた。

バグボらは逮捕後にワタラの選管指揮本部であったゴルフ・ホテルに連行されていった。その後夫妻は別々にされバグボは北部のワタラの本拠地であるコルホーゴ(Korhogo)へ連れ去られた。妻は北西部のオディエネ(Odienné)に連行されて監禁されている。

(参考記事)
Côte d'Ivoire: "enquêtes préliminaires" contre Laurent Gbagbo et ses proches - Dépêches - El Watan


2011年4月23日土曜日

【コラム】 コートジボワールの「和解求める」ワタラ大統領に バグボ側近ヤオンドレ議長が修正発言

4月21日、アラサン・ワタラコートジボワール大統領は憲法審議会のポウル・ヤオンドレ議長(バグボ支持派)と「和解求め」話しあった。ヤオンドレ議長はコートジボワールの危機は総ての人々の責任であるとしてバグボ氏だけを悪者扱いする立場を修正・回避する発言をしている。

、コートジボワールのアラサン・ワタラ大統領の当選を選管本部としていたホテルゴルフに国連代表が選挙監視委員をともなってやってきてワタラ氏の当選を1月2日に発表した。大統領選挙の開票は12月28日に行われていたので、発表が遅れて期限切れだとして国の最高司法決定権を持つ憲法審議会ポウル・ヤオンドレ議長はロラン・バグボ前大統領の当選を1月3日に宣言した。この選挙はいろいろと問題があったようだ。

ガボン北部のワタラ派の拠点地では選挙不正の予防策がささやかれていた。またバグボ側からは同選挙の投票数は有権者の数を超えていたとも指摘されている。またコートジボワールの選挙への西欧諸国の介入は異常なくらい早かった。

2010年のフランス革命祭の折にサルコジ大統領が企画したアフリカ諸国革命60周年軍隊パレードをパリのシャンゼリゼ大通に招待してフランス軍隊と一緒にパレードすることになっていた。しかし唯一コートジボワール軍隊だけがこれを蹴って参加しなかった。背後には植民地問題が解決しない前に旧宗主国と軍隊パレードはできないとするバグボ前大統領の息が感じられるフランスへの反応であった。

現在ロラン・バグボ前大統領はコートジボワール北部で家屋内監禁の状態になっていて、国際紛争の捕虜を訪問する義務が国際赤十字社(CICR)にはあるとされバグボ氏の弁護士が指摘しワタラ大統領への訪問の打診もされていた。

今後のコートジボワールの問題は市民の和解なのはいうまでもない。問題は市民次元の和解よりも政治次元での取り返しの付かない亀裂が残ってしまったようだ。そこには国連軍(ONUCI)やフランス政府のアフリカへの介入主義が指摘されている。4月17日午後には、パリ東部の共和国広場コートジボワールのロラン・バグボ前大統領を支持する3000人ほどの抗議デモがおこっている。デモはコートジボワールの国旗をなびかせてフランスのコートジボワールへの「内政干渉」を批判して 「誰が我々の大統領なのか?」といっている。


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2011年4月18日月曜日

バグボ逮捕で仏特殊部隊の軍事介入にデュマ元社会党外相が疑問 

Roland Dumas : la France a livré Gbagbo
元社会党(PS)のロラン・デュマ外務大臣は4月12日、仏軍がロラン・バグボ前大統領の直接逮捕に参加したことを批判した。フランス政府ではこれを否定している。

デュマ氏はフランス通信(AFP)に「仏軍隊とコプターでバグボの玄関先まで行って扉を開けてバグボを捕らえて引き渡した」 「このイメージに見られることは大国であるフランスのすることではなく、立派な行いではない」 「私はワタラの政治が新たな犯罪を付け足さないことを希望する」と発言した。「パリジィアン紙fr.」などで録画が見られる。

(参考記事)
http://www.leparisien.fr/crise-cote-d-ivoire/index.php


2011年4月16日土曜日

バグボ氏逮捕に弁護士は ジュネーブ協定に準じ 人道的取り扱いを要求 

4月15日、コートジボワールの首都アビジャンで、フランス特殊部隊(Licorneリコルヌ)の支援でワタラ軍によってバグボ前大統領らが逮捕された。身柄を心配するバグボ氏の弁護士団が国際赤十字社(CICR)にジュネーブ協定に準拠して人道的な取り扱いを保証してくれるように求めた。

特に戦争捕虜の取り扱いでは国際赤十字社によって総ての捕囚者のキャンプが訪問されることが1949年のジュネーブ協定により取り決めが明記されている。

バグボ氏のフランスの相談役であるトーサン・アラン弁護士はワタラの本拠地である北部のコルホーゴ(Korhogo)へ連れ去られたバクボ氏の「生存の証拠」を要求している。

同弁護士によると11日に逮捕された後にバグボ氏とその夫人シモンヌさんら取り巻きは蜂起軍によって不法拘禁されているとしている。

複数の証言や情報からわかることは、バグボ氏の逮捕は激しい暴力を伴ったものであったことが明白でこれはジュネーブ協定に違反しているといっている。

バグボ氏の弁護士団では、バグボ前大統領の逮捕は法的根拠を欠いているために国連の潘基文事務総長に回答を求めている。これに関してはフランス軍はバグボ逮捕の直接関知を否定している。しかしワタラ軍を援護し逮捕を現場で支援したことは否定してない。

バグボ氏の邸宅と在コートジボワール仏大使館とは地下道で連結されてあった。これが近年にセメントで封鎖されていたのをフランス特殊部隊(リコルヌ)がダイナマイトで破壊して地下からバグボ氏の邸宅に侵入したところを、玄関側からワタラ軍が押し入ったとアラン弁護士は記者会見で発言している。

(参考記事)
Les avocats de Gbagbo demandent l'intervention de la Croix-Rouge | La Provence


2011年4月13日水曜日

【コラム】 仏がコートジボワールで「軍事介入」急いだ理由  ワタラ派の大量虐殺露見で国連決議1973に抵触

4月に入ってフランス政府がバクボ逮捕を急いだのはアラサン・ワタラ軍による3月末のコートジボワール南西部のデゥエクエ(Duékoué)で起きたバグボ支持側の市民殺戮という大量虐殺が露見されたからだ。人権監視擁護協会のヒューマン・ライト・ウォッチや国連安全保障理事会、フランス野党などから批判されている。早くバクボを逮捕して国内で裁判にかけ判決を出さないと、人権擁護団体がワタラ軍の虐殺行為を国際犯罪裁判所(C P I )で問題にするとフランスの軍事介入が国連決議1973に抵触してくる可能性が大きいからだ。

もちろんワタラ派を支援するのは初めからフランス軍のリコルヌ特攻部隊であったのでありそこに中立性がまったくなかった。この両者は一体になっている。このフランス特殊部隊(リコルヌ)のバグボ邸への戦闘が国連軍(ONUCI)の外国への戦闘規定に準拠するのかという問題があった。また一方では国連決議1973に違反するのかしないのか?という認識が米国と仏国の大統領の間にも『その目的をめぐって』対立がでていた。そのためにフランスは先を急ぎだしたのであると考えられる。

4月11日にコートジボワールでバグボ逮捕がされた。フランス特殊部隊(Licorneリコルヌ)が空爆と戦車及び装甲車をつかっての攻撃がバグボ邸へなされていた。11日のバグボ生け捕りはフランス軍は無関係であり直接には関係してないとアラン・ジュッペ外相は11日前からすでに計画されていたのか述べていた。フランス側はのコートジボワールへの軍事介入の正当性は次の二つである。①国連の潘基文事務総長がフランスに援軍を依頼したのでやった。②もう一つは、国連決議1973に則ってやったのだということだ。

「国連議決1973」は2011年3月17日に国連安全保障理事会で決議されたリビアと蜂起側の「反リビア政府臨時国家審議会」に関する条項。リビア上空に航空禁止領域を設定する事で、あらゆる手段を行使して、市民を保護するために各国の支持と参加とを可能ならしめるもの。そしてこの国連決議1973の目的を巡っては、オバマ大統領とサルコジ大統領の認識に大きな相違があって対立している。リビアへの軍事介入と同じようにコートジボワールでも戦況認識の解釈をどうとるかでフランスの軍事介入や内政干渉が問題になってくる。つまり国連軍(ONUCI)にせよ北大西洋条約軍事機構(NATO)にせよフランスにせよようするに軍事介入が戦争犯罪になるかならないかのボーダーラインがそこにあるということだ。

必ず国連決議1973を提示して自国軍の行為は之を逸脱してないと主張しているはずなのだが、その条文の解釈がフランスとアメリカでは市民の保護を第一番にとるかどうかで異なっているようだ。この一番大事だと思われる点がメディアでも不明解にされている場合があるようだ。そのために軍事介入の異常性が正当化され市民が多量に殺害された(536人)コートジボワールの戦争を許すことになっていると考える。

【関連記事】

2011年4月9日土曜日

リビア対地上攻撃でオバマ米大統領とサルコジ仏大統領が対立

もしNATO軍の援助がなければ反リビア政府臨時国家審議会側の支援は効果が薄くなり反対勢力を組織できなくなる。もうじき予定されるトリポリ占拠も不可能になってしまうのでサルコジ大統領はオバマ大統領に米軍の対地上攻撃機A10とAC-130の退却決定を取り消す要請をした。オバマ大統領はNATOの目的がリビアの飛行禁止領域設定、市民の安全保護、政治変革の状況づくりにありカダフィを打倒することではないとしてサルコジの要請を拒絶し意見が対立した。

オバマ大統領とサルコジ大統領は3月28日(月)にビデオ会議をした。これが3日に「ヌーベル・オブセルバトワー誌fr.」で報道された。

フランスと英国は地上爆撃の戦略機は余りなくい。この種の飛行機は強力なものがないという。

4月7日の「ラジオFrance Info」では、リビアのカダフィ軍攻撃の北大西洋条約軍事機構(NATO)軍にアメリカ軍は参加してないと報道した。英国もあまり気がのらずルーマニアぐらいしかフランスのリビア攻撃を支持していないという。

オバマ大統領は戦闘機は「スタンバイ」状態にしては置くとビドオ会議ではいっている。カダフィがベンガジの反リビア政府臨時国家審議会に攻撃を加えないかぎり再稼動はしないと話した。

ビデオ会議の後で、オバマ大統領は米国のリベアでの戦争介入動機に触れて、これは短期の時間的制限が性格づけられたもので米国は歴史的な国連議決1973の提出国であるとしている。この中でオバマ大統領はフランスのまた仏大統領の役割を一度も髣髴させなかったという。

フランスのサルコジ大統領が開始し欧米や世界機関を巻き込んだカダフィ空爆だがその当初から戦争動機が不明確な軍事介入ではあった。


2011年4月12日火曜日

バグボ逮捕は「仏・アフリカ史の最も暗いページ」に 仏軍の「恥ずべき戦車攻撃」支援介入 元社会党議員が発言

ギー・アベルチー元社会党アフリカ担当はこのコートジボワールのバグボ逮捕は国際社会法に違反したもので、自分はフランス市民として第一に恥ずべきことであると語った。バグボ逮捕に果したフランス軍の役割は、ワタラ軍を支援してバグボ邸に仏の戦車が侵入し捕らえた軍事介入であるといっている。これはフランス-アフリカの歴史に最も暗いページを残すことになったと「ラジオFrance Info」で夕刻に語った。

60年前の独立以前に戻ったものである。フランス市民としてこれは恥ずべきものだと感じると語っている。コートジボワール人民の和解は広いビジョンをもつバグボによって実現されると思う。そして2010年11月28日に国連(ONU)が認めたアラサン・ワタラの大統領当選は誤魔化しであってバクボは選挙投票で負けてはいなかったと同氏は話した。

4月11日午後初のロラン・バグボ前大統領の逮捕後、バグボはアラサン・ワタラ元首相のいるホテル・ゴルフに運ばれた。バグボと婦人は無事で怪我などはないという。この逮捕で心配なのがバグボ支持者側の復讐なのではないかと見られている。喜びが一方にあり一方に悲しみがある。これを対立する復讐にしないで総てのコートジボワール人が和解しなければならない。

バグボは大統領選挙でのアラサン・ワタラの大統領当選を認めなかった。これが両派の対立となって国際社会を巻き込んで美しい国土に暴力と戦乱を招いてしまったと一般には見られていた。

ギヨーム・ソロ首相は「悪夢は終わり、戦いは終わった」と宣言している。

サルコジ大統領は午後に長い電話でワタラ大統領と話したと「ラジオFrance Info」は伝えた。

クロード・ゲアン内務大臣(前大統領官邸書記総監)は公式に政府を代表して国際社会が認めたワタラが大統領を喜ぶとした。

ワタラ派の殺戮行為が人権監視・人権擁護協会のヒーマン・ライト・ウォッチなどによって批判されてきている。一方的な肩入れで、コートジボワールの再出発を国際社会はどのように保証できるというのだろうか。






2011年4月11日月曜日

4月11日コートジボワールの首都コッコディ地区のロラン・バグボ前大統領が

4月11日、コートジボワールのロラン・バグボ前大統領が首都アビジャンで逮捕

4月11日15時、コートジボワールのロラン・バグボ前大統領が逮捕された。共和連合(RDR)のアラサン・ワタラ 元首相との大統領選挙で当選を巡って4ヶ月に渡って対立が続いていた。フランスや国連がワタラ側を支援して独裁者として見てきた。大統領の正当性を巡ってはまだ明解な回答はでてないが戦争が終わったという安心感がアビジャンの反応だ。若いバグボ支持の青年はこんな簡単なものではないコートジボワールは多くの死体が山のように出て大虐殺が計画されていたと「ラジオFrance Info」でいっている。

この逮捕にはフランス軍は直接参加してないといわれている。勝利だとして喜ぶワタラ側とは異なり、この逮捕が激しいバグボ側の敵意を起こすのではないかと見られている。バグボを逮捕しても本当の悪魔祓いはできないということらしい。


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2011年4月11日月曜日


バグボ逮捕は「仏・アフリカ史の最も暗いページ」に 仏軍の「恥ずべき戦車攻撃」支援介入 元社会党議員が発言

ギー・アベルチー元社会党アフリカ担当はこのコートジボワールのバグボ逮捕は国際社会法に違反したもので、自分はフランス市民として第一に恥ずべきことであると語った。バグボ逮捕に果したフランス軍の役割は、ワタラ軍を支援してバグボ邸に仏の戦車が侵入し捕らえた軍事介入であるといっている。これはフランス-アフリカの歴史に最も暗いページを残すことになったと4月11日の「ラジオFrance Info」で夕刻に語った。

60年前の独立以前に戻ったものである。フランス市民としてこれは恥ずべきものだと感じると語っている。コートジボワール人民の和解は広いビジョンをもつバグボによって実現されると思う。そして2010年11月28日に国連(ONU)が認めたアラサン・ワタラの大統領当選は誤魔化しであってバクボは選挙投票で負けてはいなかったと同氏は話した。

4月11日午後初のロラン・バグボ前大統領の逮捕後、バグボはアラサン・ワタラ元首相のいるホテル・ゴルフに運ばれた。バグボと婦人は無事で怪我などはないという。この逮捕で心配なのがバグボ支持者側の復讐なのではないかと見られている。喜びが一方にあり一方に悲しみがある。これを対立する復讐にしないで総てのコートジボワール人が和解しなければならない。

バグボは大統領選挙でのアラサン・ワタラの大統領当選を認めなかった。これが両派の対立となって国際社会を巻き込んで美しい国土に暴力と戦乱を招いてしまったと一般には見られていた。

ギヨーム・ソロ首相は「悪夢は終わり、戦いは終わった」と宣言している。

サルコジ大統領は午後に長い電話でワタラ大統領と話したと「ラジオFrance Info」は伝えた。

クロード・ゲアン内務大臣(前大統領官邸書記総監)は公式に政府を代表して国際社会が認めたワタラが大統領を喜ぶとした。

ワタラ派の殺戮行為が人権監視・人権擁護協会のヒーマン・ライト・ウォッチなどによって批判されてきている。一方的な肩入れで、コートジボワールの再出発を国際社会はどのように保証できるというのだろうか。